森本敏『日本の瀬戸際』(実業之日本社、2011年3月3日)

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この本は、昨年(2011年)3月3日に出版され、私は翌日に書評を書き始めたのだけど、東日本大震災によって中断してしまっていた。

「今、世界の中で東アジアは最も危険度が高いエリアと言える。おそらく、2011年から2012年にかけて、この地域における緊張度は一層高まるであろう。」という書き出しで始まる本書は日本の現状に関する深刻な危機感を提示して終わっている。

「しかし、よく考えると、深刻な問題は東アジアにあるのではなく、日本の中にあるのではないか。危機が起こっても政府と与党がうまく機能しないこと、見通しのないまま決断が行われていること、決断のプロセスが不透明であること、いつまでたっても防衛力を他国のように適切に活用できないこと、平和ボケのままの国民がいること。その一方で、一部に極端な右傾化傾向が見受けられること、普天間基地問題に代表される日米同盟という国家として最も重要な安全保障政策が解決できない事態になっていること、…」
「確かに、この国は国家として機能していないのではないか。」

いま、読み返すと森本さんの洞察はほんとうに正鵠を射ている。

それでは、日本は何をすべきなのか?
「日本としては、米軍の持つ重要な基地機能を安定的に維持することと、日米同盟協力を一層緊密化させるため努力することが、日本の国益追求の観点から見てもきわめて重要である」
「なぜ、沖縄を本土と比べて差別するのか。どうして本土の安全のために沖縄だけに米軍基地を押しつけるのか、という問題に真剣に取り組まなければ、普天間基地問題は前に進まない」
「結局、この問題を前に進めるカギは、海兵隊の活動を広く日本本土でも受け入れるための「共同使用の拡大」による負担の軽減である」
「そのためには、沖縄に駐留する米軍、特に海兵隊の活動・訓練機能をできる限り、本土に移転するやり方を抜本的に検討する必要がある。英国にある米軍基地のように、自衛隊の基地・施設をすべて米軍が使用できるようにして、その代わりに米軍基地を自衛隊が管理し、使用できるようにする。米軍基地の管理・運営を基本的に自衛隊が担当する。米軍基地に雇用される従業員を自衛隊が雇用する」
「普天間基地の代替施設は日米合意通りに辺野古周辺に作るとしても、この施設も自衛隊で管理する施設にして米軍と自衛隊の共同使用にするというやり方がある。さらに、九州一円に米軍の訓練施設を改めて探す努力をすべきである。普天間基地問題が迷走していたころ、十分な検討をせずに放置した離島の飛行場施設についても、改めて検討すべきであろう」

「海兵隊は将来、アジア太平洋において固定的な基地で運用されるのではなく、地域全体を動き回って柔軟に展開し、抑止機能を発揮する体制になるであろう。・・・こうした動きによって、米国がアジア太平洋地域の各地を使用したり、展開することにより、その分だけ沖縄の負担を軽減できる可能性は高い。・・・そうなると、グアム基地をできる限り早期に戦略基地化することが南シナ海、東シナ海に進出する中国海軍への対中戦略上必要となる。」

森本さんの視点、提言内容にはもちろん賛否両論があるのだけろうけれど、優れた安全保障の専門家の提言として本書は誠実に向かい合う価値が十分にあります。

国連人権理事会による日本の普遍的定期審査は来年10月22日より11月5日(第14会期)に行われます

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普遍的定期審査(Universal Periodical Review)は、国連人権理事会が192の国連加盟国の人権実施状況を定期的に審査する制度です。
2006年3月15日に採択された国連総会決議60/251によって創設されました。
具体的な内容は、2007年6月18日の国連人権理事会決議5/1によって定められています。

日本に関する初回の審査は2008年5月9日午後のセッション(国連人権理事会第2会期中)で行われました。

普遍的定期審査は4年毎に行われますので、来年は日本に関する2回目の審査が行われる予定です。
予定では2012年10月22日より11月5日(第14会期中)に日本に関する審査が行われます。

この普遍的定期審査には、NGOも参加することができます。
(1)上記の国連人権理事会決議5/1は、各国政府に対して、審査に向けて提出する情報の準備を行う際、すべての利害関係者が関与する国家レベルでの協議を経ることを要請しています。
(2)政府報告書作成への参画に加え、すべての利害関係者は人権理事会に対して、独自の報告書を提出することができます。
日本については、2012年3月26日が締め切りです。
提出先のメールアドレス:uprsubmissions@ohchr.org
なお、報告書は国連公用語で書かれている必要があります。

東日本大震災と子どもの権利について考えたこと

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 3月11日午後2時46分、私は京葉線の電車に乗っていた。
 翌日、都内で子ども達と国連子どもの権利委員会に対する通報制度 について考えるワークショップを実施することになっていて、そのための準備を終えて帰宅するところであった。
 東日本大震災によって、ワークショップは中止となり、私は世界各地から集まってきたセーブザチルドレン の国際チームとともに仙台に戻り、彼らの緊急支援活動を手伝うこととなった。

 振り返ると、2001年にも同じような経験をした。
 当時、私は日本ユニセフ協会の広報室長を務めていて、9月19日からニューヨークで開催される予定だった国連子ども特別総会に参加するために15日には日本を出発することになっていた。同時多発テロの発生によって出張は取り止めとなり、アフタニスタンに対する米国の軍事行動が本格化するなかで始まったユニセフの緊急支援活動のための国内キャンペーンに私も忙殺されるようになった。
 米国主導の軍事行動がアフガニスタンからイラクへと拡大していく中で、2003年8月にはバグダッドの国連本部が爆破されるという最悪の事態が発生した。
 この年の12月、日本は戦後初めて重装備自衛隊の海外派遣を決定した。
 そして、2004年4月、イラクで拘束された日本人の若者3人とその家族に対する全国的なバッシング事件を契機に、イラクに対する自衛隊派遣の是非を巡る議論はほとんど封殺された。それから今日に至るまで、日本でイラク戦争を巡る対応の是非が公式に検証されたことはない。

 私は、日米同盟は日本の安全保障にとって不可欠なものと考えており、また国際的な平和維持活動に日本の自衛隊が参加することにも基本的に賛成である。さらに、小切手外交と揶揄された湾岸戦争当時の日本に対する国際的評価を鑑みれば、イラク戦争において日本が資金協力のみに留まることは客観的に不可能であったと思う。
 しかし同時に、イラク戦争、そしてイラクに対する自衛隊派遣問題に対して自分は本当に明確な見解を持ち、一貫した姿勢を取ったのだろうかという疑問は私自身を含む多くの日本国民が持っているように思われる。結局、私達はその場の「空気」「外圧」に流され、なし崩し的にイラク戦争に参加し、重装備自衛隊派遣を追認しただけではないのか(詳細は、森田明彦「「イラク戦争を巡るマイケル・イグナティエフの思想―その人権論を手掛かりに」『法哲学会年報2009』日本法哲学会、2010年) 。

 小倉和夫元駐仏大使は、吉田茂首相(当時)の指示で1951年に外務省が作成した「日本外交の過誤」と名づけられた「調書」を取り上げ、満州事変から終戦までの日本外交の誤りを現実的対応という名目のもとで理念と理想を失って現実と妥協を重ねた結果であると総括している 。小倉大使は、その原因として日本が他のアジア諸国を排斥して、欧米帝国主義国の仲間入りを果たすことを目指す「脱亜入欧」路線を追求し 、当時の中国大陸において台頭したナショナリズムの歴史的意義を理解出来なかったこと 、さらに根本的な要因として1920年代後半から30年代にかけて日本が反共産主義以外に明確な国内政治上の理念を持たなかったために国内の排外主義に抗することが出来ず、国際世論を味方につけることが出来なかった点を挙げている(小倉和夫『吉田茂の自問―敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』、藤原書店、2003年) 。

 私には、日本が戦後も理念なき国家運営・外交を継続してきたように思われる 。
 例えば、井上達夫は、戦後の日本では戦前の超国家主義的な国家のイメージに対する反発が非常に強かったために、国家としての主体的な公共的意思形成がなかなか行われず、右肩上がりの高度成長という恵まれた環境の下で、国家は中間団体や利益集団の間の調整だけをしていればよかったと分析し、日本の官僚は実際には利益集団に絡め取られて弱く、中間団体の跋扈・専制によって、より広い国家的公共性が崩壊していると指摘している(佐々木毅・金泰昌編『欧米における公と私』公共哲学4、東京大学出版会、2002年)。

 イラク戦争はそのような日本に対する重大な挑戦であった 。
 元ハーバード大学カー人権政策研究所長で前カナダ自由党党首のマイケル・イグナティエフは、2003年2月当時、「日本のような国々は、大国による不当な侵略にお墨付きをあたえるという危険を冒してまでもならず者国家に対する武力行使を支持するのか、それとも究極的には自国の生存を脅かしかねないまでにならず者国家がその戦闘能力を強大化させるのを容認するのか、そのあいだで苦痛にみちた選択をしなければならないのだ」と述べている(マイケル・イグナティエフ著、添谷育志・高橋和・中山俊宏訳『ヴァーチャル・ウォー』日本語序文、風行社、2003年)。

 そして、今年3月11日の東日本大地震・津波によって引き起こされた福島原発事故は、この国の国民的課題を再び明らかにしたと私は考えている。
 国内において原子力発電を継続するかどうか、そして原子力発電施設の輸出を継続するかどうかは、日本が今後国際社会でどのような役割を果たしたいと考えているのかという国家的ビジョンを巡る国民的対話と合意が必要とされる課題である。
 そのためには、一人ひとりの市民が国際社会の一員であるという意識を持つ必要がある。
 福島原発事故を含む東日本大震災に対する世界各国からの支援と声援は、日本とりわけ被災地の市民に自分達が世界と繋がっていること、世界は決して日本と日本人を否定的に見ていないことをはっきりと知らしめた。3・11を契機に日本の農家にも世界に通用する農業をつくらなければならないという気風が出てきていると言われている(9月15日より17日まで東京都内で開催された「朝日地球環境フォーラム2011」における長谷川久夫の発言。2011年9月25日朝日新聞朝刊21面) 。

 今は一人ひとりの市民が世界を舞台に自分に出来ることを臆することなく試みるべき時である。
 私は国際的な子どもの権利活動に永年携わってきた経験と立場を踏まえ、子どもの権利の世界における長年の課題であった「クリーンで安全な環境に生きる子どもの権利」を包括的に定める国連子どもの権利条約新議定書の策定に向けた検討を開始することを国際社会に提案したいと考えている。
 国連子どもの権利条約は、1989年11月20日に国連総会で採択され、2011年9月26日現在、193の国と地域が加盟する、もっとも普遍的な国際人権条約である 。
 しかし、この条約に環境関連の権利が十分盛り込まれてないことは当時から関係者の間で認識されていた。一方、地震、津波、台風、原油流出、原発事故等の災害により、弱者である子どもはもっとも深刻な被害を受けている 。
 世界は今、クリーンで安全な環境に生きる権利を包括的に子ども達に保証する国際条約を必要としている。
 そして、そのような国際条約は子ども達の意見を反映しつつ策定されなければならないであろう。
 東日本大震災において深刻な被害を受け、原発事故のリスクを身に沁みて体験した日本は、そのような国際条約の策定を国際社会に提案する責務があると私は考えている。
 また、子ども達を含む一般市民による新議定書を巡る公共的対話は、日本における原発問題に関するコンセンサス作りにも資するであろう。
 これまで、日本は人権後進国であり、国際人権レジームの形成に積極的な貢献をしてこなかったと批判されてきた。
 しかし、1924年9月26日、国際連盟第5回総会で「ジュネーブ子どもの権利宣言」が採択される3カ月前の6月9日、キリスト教社会活動家であった賀川豊彦は東京深川において、参加の権利を含む先駆的な6つの子どもの権利を発表している 。
また、本年6月17日、国連人権理事会第17会期最終日、通報制度を創設する新議定書案が採択された際に日本政府は同議定書案の共同提案国となっただけでなく、公式に発言を求めて、国際的な通報制度が子どもの権利の保護にとって不可欠であると表明、各国政府および国際的な市民社会組織から高い評価を得た。
 日本は決して、人権後進国ではない。
 私達は、東日本大震災での経験を前向きに活かすために、いま、それぞれの使命に取り組むべきなのだ。
 世界は、そのような新しい日本を待ち望んでいる。

北東アジア子どもの権利革命宣言―勝間靖(早大)編著『アジアの人権ガバナンス』(勁草書房)

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勁草書房から、『アジアの人権ガバナンス』が出版されます。
勝間靖早稲田大学教授の編著で、私は第3章「地域的子どもの権利保障メカニズムの実現に向けて」を書いています。
この副題が「北東アジア子どもの権利革命宣言」です。
出だしはこんな感じです。

本章では,東アジア,とくに中国,韓国,日本,モンゴルを中心とした北東アジアに焦点を当て,この地域で実現可能かつ有効に機能すると思われる地域的な子どもの権利保障メカニズムおよびその実現方法について検討する .
近年のグル―バルな人権レジーム の急速な発展のなかで,北東アジア地域が世界の趨勢から取り残されていることは否定できない事実である.その背景には,この地域固有の政治状況があることは間違いない.しかし,一方で北東アジアは儒教・仏教などの文化的資産を共有しており ,その意味ではこの地域にヨーロッパや米州,アフリカのような自立的な地域的人権保障メカニズムを構築することは決して夢物語ではない.
わたしは,人権規範には実定法上の法言語としての側面と,その正当化根拠である道徳秩序構想としての側面があり(Taylor 1999: 125),この両面から北東アジアにおける地域的人権保障メカニズムの構築を目指すべきであると考えている.すなわち,人権規範がこの地域に定着し,遵守されるようになるためには,この地域で広く承認されている道徳秩序構想が人権規範の正当化根拠として受け入れられる必要がある .その際に留意すべきことは,グローバル化時代の今日,北東アジア固有の文化的伝統は尊重されなければならないが,その地域主義はリベラルな多文化主義の原則と両立するものでなければならないということである.
同時に,北東アジア各国の国内人権状況の具体的改善につながるような地域的連携メカニズムの漸進的な構築と実践の積み重ねが必要である.その際の鍵となるのが国内人権機関と地域的・国際的な救済申立制度である.

——————転送歓迎——————

***新刊のご案内***

アジア地域統合講座専門研究シリーズ第1巻
『アジアの人権ガバナンス』
Human Rights Governance in Asia
勝間靖(早稲田大学教授)編著
勁草書房
  A5判上製256頁 予価3990円(本体3800円)
  ISBN 978-4-326-54629-9
  2011年11月28日(月)配本

女性・子ども・障害者・難民・先住民族・エスニックマイノリティ等への人権保障はアジア地域協力と地域統合につながるのか?

***目次***

第1部 国際人権規範の地域的な促進と実施
   第1章 アジアにおける人権レジームの構築
       ― グローバル人権規範の受容とASEAN人権委員会 ―
       / 勝間靖(早稲田大学/ジョージワシントン大学)
   第2章 女性の権利をめぐる東南アジアの地域的な取組み
       ― ASEAN女性と子ども権利委員会 ―
       / 中川香須美(パンニャサストラ大学)
   第3章 地域的子どもの権利保障メカニズムの実現に向けて
       ― 北東アジア子どもの権利革命宣言 ―
       / 森田明彦(尚絅学院大学)
   第4章 アジア太平洋における障害者の人権
       ― 障害当事者による人権の確立を目指して ―
       / 中西由起子(アジア・ディスアビリティ・インスティテート)

第2部 人権の主流化とネットワーク形成
   第5章 アジア開発銀行と人権
       ― 開発における人権保障をめぐる現状と課題 ―
       / 藤田早苗(エセックス大学)
   第6章 子どもの性的搾取に反対する国際ネットワークの形成
       ― 当事者を中心とした「子どもの権利」ガバナンスの模索 ―
       / 勝間靖(早稲田大学/ジョージワシントン大学)
   第7章 難民の権利を守るための地域ネットワーク
       ― アジア市民社会の動きを中心に ―
       / 松岡佳奈子(難民支援協会)
   第8章 先住民族ネットワーク
       ― アジアの草の根運動と国際人権システムを架橋する ―
       / 木村真希子(学習院大学/立教大学 非常勤講師)

第3部 深刻な人権侵害の解決へ向けた地域協力   
   第9章 ミャンマーの人権侵害とアジア地域協力の可能性
       ― 欧米諸国とASEAN諸国の対応の相違に注目して ―
       / 本多美樹(早稲田大学)
   第10章 フィリピン南部ムスリム社会の人権侵害
       ― 人権保護システム構築へのみち ―
       / 石井正子(大阪大学)
   第11章 エスニック・マイノリティの人権のための地域協力
       ― チッタゴン丘陵をめぐるNGOによる平和構築の試み ―
       / 下澤嶽(静岡文化芸術大学/ジュマ・ネット)

資料 人権に関するASEAN政府間委員会への委託事項
       / 勝間靖(早稲田大学/ジョージワシントン大学)

——————転送歓迎——————

税金の代わりに起業支援の民間寄付を増やす

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いま、後期のグローバルエコノミー論の準備をしていて、伊藤元重『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞社、2011年2月)、若林隆平『国際経済学』第3版(岩波書店、2008年)、浜矩子『「通貨」を知れば世界が読める』(PHP、2011年6月)などを読んでいる。
伊藤元重先生は、現役の経済学者のなかでわたしが一番信頼しているエコノミストである。
最近、特に東北大震災後、日本社会にける物の見方は激変しているので、どんな視点で世界の趨勢を捉えるべきか決めるのは以前よりも格段に難しくなっている。
伊藤先生の見方はバランスが取れていて、しかも現場(流通マーケット)の現状をフォローしているので、現実的であると思う。

でも、伊藤先生ほどの方でも、今年3月11日の福島原発の事故前に書かれた本の中では原子力発電は今後大いに発展が期待できる産業であると書いている。
わたしも東北大震災直後にセーブザチルドレンの国際救援チームと仙台で活動を共にしていたので、福島原発の衝撃は身に沁みているし、そのあと、自分なりに勉強し、セミナー等にも参加したので、現在では原子力発電というものが特に核廃棄物処理の面でまったく未完成の技術であり、コスト的にも決して安くはないことは分かっている。
でも、東北大震災前は原子力発電を廃止すべきかどうかなんて考えたこともなかった。
今や、極悪非道の組織の典型のように言われている東京電力だって、東北大震災が起こるまでは、多くの社員は原子力=化石燃料依存から脱却する切り札+将来性ある輸出産業(技術)と思っていたわけで、もちろん客観的リスクを見落としていた、あるいは見過ごしていたという意味で企業としての責任を逃れることは出来ないけれど、東電や経産省を悪者にしただけでは問題は解決しない。

要するに、それぞれの時代には主流派パラダイム(考え方の枠組)があり、このパラダイムから自由になるというのは、特に日本のような同調志向社会ではとても難しいということである。

伊藤元重先生は『ゼミナール現代経済入門』でケインズの高弟だった経済学者ジョーン・ロビンソン(英国)の「経済学を学ぶ目的の一つは、経済学者にだまされないようにするためだ」という言葉を紹介しているのだけど、有名な学者が言ったとか書いたことだからといって盲信するようでは、今のような激動の時代を生き抜くことはできない。

ということで、今年のグローバルエコノミー論は、今後の日本では増税は不可避かどうかについて学生達と考えてみようと思っている。
昔、財務省の幹部職員の方達とお話をした時、彼らの多くは将来的に増税は不可避であると考えていることを知った。
それで、「増税の代わりに寄付が増えるように税制を変えて、民間募金を原資とする社会サービス提供者が政府の役割を代替するような制度を作ったらどうでしょうか」と言ったら、とっても不満そうな表情をしていたことを覚えている。
当然です。
政府にお金が集まらなくなったら、政府の役人の権力も小さくなってしまいますから。
誰しも、自分にとって都合の良い政策を支持するものなのだ。
官僚=中立的、客観的正義の体現者なんて信じる人はさすがに今の日本では少なくなっていると思うけど、政府というものも組織である以上、自分の組織の権限・利益を拡大するために動くのは当然。
その動きが日本全体、世界全体のためになるような制度設計をし、ビジョンを立てるのが政治家の役割で、政治家がちゃんと仕事をしているかどうかを監視するのがマスコミと一般市民(主権者としての国民)の責任なのだ。
マイケル・サンデル教授は「日本では政治家が(復興支援のために)良い仕事をしていない。国民がそれを要求していないからだ」と述べていた。
そのことを授業で話して、日本の政治が悪いのは首相をはじめとする政治家にまともな人材がいないからだと批判する学生に、「良い政治が行われないのは、皆さんがそれを要求しないからだ」「今の日本がダメだとしたら、それは皆さんのせいです」と言ったら、その日のレポートで「今の政治家が選ばれた時(2009年秋)、自分はまだ高校生で選挙権もなかったので、今の政治が悪いのは自分のせいと言われれても納得できない」と書いてきた学生がいた。
子ども参加の重要性はこういうところにあると思う。
自分の意見が聴かれることのなかった者に結果責任を要求することは出来ない。
もし、15歳から選挙権があれば、こういう発言は出ない。
今回の東北大震災でも復興計画・ビジョンの策定の際に子ども達の意見を聴いたという話はほとんどない。
あと5年経ったとき、23歳以下の若者達には今作られた復興計画をきちんと実施する責任はない。
10年経つと、28歳以下の子ども達は全く別の計画を立て実行するかも知れない。
その時、彼らを咎める権利は日本の社会にはないのだ。

話が脱線したけれど、今日のテーマは増税の代わりに寄付(税金免除)が拡大するとどうなるか?である。
一般に増税しても、同額が公共投資に使われれば、同額だけGDPは増えると言われている。
でも、公共投資の増加は、民間投資を圧迫すると言われている。
消費税が増税されれば民間消費が冷え込んで、日本経済は失速するかもしれない。
さらに、変動相場制では財政政策の有効性は次第に失われてきている。

でも、一方で2010年度の政府予算では、政府歳出が約90兆円であるのに対して、税収は37兆円。
いろいろと事業仕訳は進んでいるけれど、当初期待したほど政府の仕事は減っていない。
一方、企業は莫大な余剰資金をかかえて優良な投資先がないので、その資金は国債に回っている。
国債は原資は減らないし、わずかながら金利がつくので、税金でまるごと取られるよりは企業にとってはずっと有利であることは間違いない。
でも、国債は将来世代の税金で返済されるので、結局は将来世代の負担で企業に補助金を出しているようなものである。

ということで、現在、政府が行っている仕事を民間で請け負う社会起業のビジネス・プランを募集して、最優秀のプランに対して広く私募債による資金を募集し、提供された資金については寄付として税免除の対象とするという制度を作るというのはどうだろうか?
ポイントは、公的資金による補助金ビジネスではなく、現在政府が提供している社会サービスを持続可能な形(一定の利益が出るビジネス)として実施するということである。
こういう形で少しずつ、現在、国債に流れている企業の余剰資金を社会起業セクターに誘導するのだ。
やがて、政府は税収37兆円でも十分にやっていけるところまでスリム化し、日本社会には起業家精神が横溢しているということになる。

まぁ、夢物語かも知れないけれど、これだけ政府(公的セクター)に対する信頼が低下している日本社会で増税を実現しようというほうがずっと実現可能性は低い気がするのは自分だけでしょうか?

「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について(通知)」

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今年4月19日付で文部科学省より福島県教育委員会等に出された標題の「23文科ス第134号」という通知文書。

いろいろな団体が、この通知文書の撤回を求めて、運動をしているのだけど、そもそも、この文書はどういう性格のものなのだろう?というのが、私のそもそもの疑問。

平成11年に施行された地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律によって、そもそも法的権限の明確でない通知や通達という文書を中央の省庁は地方自治体に出すことは出来ないのでないのか?
当時、中央の省庁は地方自治体に対して、今後、技術的助言が出来るだけで、決定権限は地方自治体にあると聞いたように記憶している。

もし、そうであれば、地方自治体としては、自分が正しいと思わない技術的指導には従わなくて良いのではないか?
もし、自分が地方自治体の長だったら、この文書の技術的妥当性について、IAEAに訊いてみると思う。

少し調べてみよう

Call for papers for my special workshop at the 25th IVR World Congress in Frankfurt

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震災孤児に関するセーブザチルドレンの意見書

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2011年4月8日
東日本大地震の被災孤児への対応について

セーブ・ザ・チルドレンは、第一世界大戦で被災した子ども達の支援を目的として1919年に設立された、子ども支援の国際NGOです。創始者のエグランティン・ジェブは、1924年に国際連盟第5回総会で採択されたジュネーブ子どもの権利宣言の草案を作成したことで知られています。

この度の東日本大地震によって被災した子ども達の中には両親を含む家族を失い、代替的なケアが必要な者が数百人規模で発生していると推定されています。

4月1日付のAsahi.com記事は「岩手県と文部科学省が、東日本大震災で身寄りをなくした児童生徒のために、寄宿舎つきの公立小中一貫校を同県内につくる構想を検討している」と報じております 。

国連子どもの権利条約に定める、「生きる・育つ・守られる・参加する子どもの権利」の実現を使命とするセーブ・ザ・チルドレンは、上記構想が旧来の孤児院的制度を目指すものではないという日本政府の基本方針に賛同すると同時に、今後、この構想が具体化されるに当たっては、以下の点をご考慮いただけますよう、要望申し上げます。

国連子どもの権利条約第20条は、その第1項で「一時的若しくは恒久的にその家庭環境を奪われた子どもは、…国が与える特別の保護及び援助を受ける権利がある」、第2項で「締約国は、自国の国内法に従い、1の子どものための代替的なケアを確保する」、第3項で「…必要な場合には子どものケアにとって適切な施設への収容を含むことができる」と定めております。
したがって、国連子どもの権利条約に拠れば、寄宿舎つきの公立小中一貫校を設置することは、同制度が里親制度を含むその他のより望ましいと一般的に考えられる選択肢を十分に検討した上で、なお必要であると判断された場合に、子どものケアにとって適切な施設として設計・運営されることを前提に認められると考えます。

ついては、日本政府においては、地元ないし近隣地域における里親による受け入れ、NGO等が設置・運営するグループホームによる受け入れ等、実現可能な選択肢を引き続き検討いただきたいと考えます。
また、ご検討の際には、国連子どもの権利条約の4原則(非差別の原則、子どもの最善の利益、生存と発達の権利の尊重、子どもの意見表明権の尊重)を参照くださいますよう、お願い申し上げます。
特に、当事者である子ども達の意見を十分にお聞きいただきたく、さらに、現在、現地で支援活動に取り組んでいる諸団体の意見もぜひご聴取ください。

ワークショップ「東日本大震災支援における、震災孤児・遺児支援のあり方を考える」

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日時: 2011年4月22日(金)13:30~16:30
場所: 慶應義塾大学三田キャンパス 東館6 階G-SEC Lab
住所 東京都港区三田2-15-45(地図http://www1.gsec.keio.ac.jp/text/about_access.php)
内容・テーマ: 東日本大震災を受け、被災児童の支援に向けて、求められるビジョンと、各分野の組織・リーダーが果たすべき役割を議論する
参加者: 政府、企業、民間NGO、メディア、学界など各方面における主要関係者
主催: 世界経済フォーラムヤンググローバルリーダー日本コミュニティー
慶応義塾大学グローバルセキュリティー研究所
後援: 文部科学省、厚生労働省
タイムスケジュール:
13:30-13:40 開会の挨拶
13:40-13:55 企業による支援のあり方について考える
ソフトバンク株式会社 常務執行役員 青野史寛氏
株式会社ファーストリテイリング    未定
楽天株式会社 取締役 常務執行役員 小林正忠氏
ロート製薬株式会社 代表取締役会長 山田邦雄氏
13:55-14:10 ご来賓のお言葉 文部科学副大臣 鈴木 寛氏
14:10-14:25 震災孤児・遺児の現状報告 厚生労働省、文部科学省の調査担当
14:25-14:50 国外の過去取組みの共有(ハイチ大地震、ハリケーン・カトリーナの際の支援からの学び)
14:50-15:00 休憩
15:00-16:30 国内の取り組みから学ぶ&問題の共有(パネルディスカッション方式)
【ファシリテーター】
NHK解説委員 道傳愛子氏
【パネリスト】
NPO法人ETIC. 代表理事 宮城治男氏
特定非営利活動法人NPOカタリバ 代表理事 今村久美氏
公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン SCJシニア・アドバイザー森田明彦氏
Living Dreams Patrick Newell氏【連絡先】蕨野郁子(わらびのいくこ) 電話:090-9312-3658/Email:janet0319@jcom.home.ne.jp

2週間経ちました

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昨日(24日)は尚絅学院大学でミニ卒業式が行われました。
きちんとした卒業式ができなかったことはとても残念でしたが、学生たちは元気に学校を巣立っていきました。
地震からあっと云う間の2週間でした。

14日日に仙台入りしたセーブザチルドレンの支援活動も軌道に乗りました。
東京からの支援物資も順々に到着しています。
全国各地のNPOが繋がって支援活動を展開しようという動きも本格化しています。
地元学生も救援ボランティア活動に取り組み始めています。

新しい仙台、宮城、そして日本に向けて前進の時です。

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