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児童ポルノ単純所持規制は是か非か?ポラリス連続セミナー9回
2011年3月1日
2月26日(土曜日)、新宿のボディショップで開催されたポラリス連続セミナー9回目の際の配布資料です。
ポラリス連続セミナー第9回
児童ポルノの単純所持規制は是か非か?
2011年2月26日
森田明彦
1.現状
2.世界の流れ
1996年 第1回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議(ストックホルム)
2000年5月25日 子どもの売買、子ども買春および子どもポルノグライフィーに関する選択議定書[1]を国連総会で採択
2001年12月 横浜会議
2002年5月 国連子ども特別総会
2006年10月11日 「子どもに対する暴力 調査報告書」
2007年10月25日 「性的搾取及び性的虐待からの子どもの保護に関する欧州評議会条約」
[2] 採択
2008年11月 リオ会議(第3回子どもと青少年の性的搾取に反対する世界会議)
2009年5月 G8司法大臣会議[3]
2010年3月10日 国連人権理事会第13会期 Day on the rights of the child:
Sexual violence against children
2010年5月27日、28日 国連子どもの権利委員会による日本政府報告書審査
2010年7月1日 「性的搾取及び性的虐待からの子どもの保護に関する欧州評議会条約」
発効
2010年11月19日 欧州評議会の全加盟国による同条約の署名・批准・履行を求めるPan European Campaign開始
3.児童ポルノの単純所持の違法化はなぜ必要か?
¡ 組織犯罪に対する国際的な捜査協力を可能にするため
¡ 児童ポルノが子どもの権利の侵害であることを周知するため
¡ 児童ポルノ画像がインターネットに流出して氾濫するようになっているため
4.児童ポルノの単純所持の違法化の問題点は?
(1)日弁連2010年3月意見書
¡ わが国では,単純所持を処罰することを認めると,捜査機関による捜査権濫用のおそれがあるなどの理由から,これまで単純所持が処罰されてこなかった。
¡ 単純所持を処罰することができるようになれば,捜査機関は,これまで必要だった「提供目的」等を立証しなくても,被疑者が単に児童ポルノ画像を所持していることだけを立証すれば検挙できるようになることから,捜査機関にとっては,検挙しやすくなる。
¡ 立証が容易な単純所持で逮捕勾留しておいて,その身体拘束期間を他の犯罪(それは児童ポルノ所持とはまったく関係がない経済犯罪かもしれない。)の捜査に利用するという事態も起こりうる。
¡ 児童ポルノ処罰法では,すでに児童ポルノを特定又は少数者に提供する目的での保管(所持)も,不特定多数者に提供する目的での保管(所持)も処罰されている(同法7条2項,5項)。
¡ インターネットのホームページ等で児童ポルノ画像を公開することは公然陳列罪として現行刑法上も処罰されるし,ホームページ等へ掲載する目的で画像を保管する場合にも,提供目的の保管として現行刑法上処罰される。
¡ 前記の犯罪に該当しないが(そのために,単純所持罪が処罰されないと処罰できないが),インターネットへ児童ポルノ画像を流出・氾濫させる事態として想定されるのは,例えば,児童ポルノ画像データをパソコンに密かに保管していた人が,ファイル共有ソフト(Winnyなど)を利用したために,本人の知らない所で,他のユーザーにその画像が公開されることとなった場合や,電子ウイルスに感染したために,保管していたデータが,本人の知らないところでインターネットに流出した場合のように,かなり特殊な場合に限定される。
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【毎日新聞2007年1月3日1面】
児童買春・児童ポルノ禁止法は99年に成立した。国際会議などで「世界で流通する多くが日本製だ」と批判されたことも影響した。
同法は「児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害する」とし、刑法の「わいせつ」より広く定義している。04年の改正では、販売目的でなくても違法画像を提供した者を処罰の対象に加えた。しかし、その後もはんらんし、抑止効果は上がっていない。
その大きな理由は「誰が最初にネット上に流出させたか追跡するのは非常に難しい」(警察庁幹部)ことだ。発信者は追跡を逃れるため、情報を中継する複数の国内外のサーバーコンピューターを経由させる。一方、プロバイダー(接続業者)やサーバーの管理者は通信記録を保存していないケースが多い。盲点を突いて出回る画像を愛好者が収集し、拡散が続く。
現行法は収集しただけでは罪に問われない。
(2)日弁連2010年11月意見書
【改正案】下線部分は改正部分
第2条第3項
この法律において「児童ポルノ」とは,写真,電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって,次の各号のいずれかに掲げる実在し,又は実在した児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。
一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態
二 殊更に他人が児童の性器等を触る行為又は殊更に児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態
三 殊更に性器等が見える状態に置かれた児童の姿態
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児童ポルノの定義を前述のとおりとすると,女性器が見える状態で撮影された写真等は,その女性器部分を黒塗りにして完全に見えないようにすれば,その段階では児童ポルノには該当しないということになる。
4.私の考え
¡ (1)児童ポルノの単純所持の禁止規定を設けると同時に、子どもおよび保護者に対するICTリテラシー教育を含む性教育の徹底、捜査・取り調べ手続きの透明化、オンブズマン制度や国内独立人権機関の設立、国際的な人権保障制度への加入も子どもおよび保護者に対するICTリテラシー教育を含む性教育の徹底、捜査・取り調べ手続きの透明化、オンブズマン制度や国内独立人権機関の設立、国際的な人権保障制度への加入と並行して進めるべきこと
¡ 性的搾取及び性的虐待からの子どもの保護に関する欧州評議会条約への加盟を目標に国内法・制度の改正を進めるべき
(2)性的搾取及び性的虐待からの子どもの保護に関する欧州評議会条約への加盟を目標に国内法・制度の改正を進めるべき。
[1] 2000年5月25日、第54回国連総会で採択 。2002年1月8日に発効。日本は2002年5月10日、「国連子ども特別総会」の機会にニューヨークの国連本部で署名、205年1月24日に(90番目)批准 。
[2] 欧州評議会加盟国以外の署名・批准に対しても開放されてている。
[3] Despite our common will to the contrary, there remains an incomplete understanding of the harm child pornography presents. Thus, in some countries, effective legislation has not yet been adopted.
義理と人情の人権哲学
2011年2月5日
人権規範が国際化し、多様な文化のもとで実際に活用されるにつれて、人権規範に対する挑戦もまた増大している。
人権規範に対する挑戦は、実定法としての人権規範に対する拒絶にとどまらず、人権規範に象徴される西洋文明に対する批判という形を取ることも少なくない。
例えば、ラッチィンガー枢機卿(現ローマ教皇ベネディクト16世)は、自然法を「特にカトリック教会において、世俗社会および他の宗教諸派との対話にあたって、共通の理性に訴えかけ、世俗化した多元的社会における法の倫理的諸原則について合意しあうための」道具であったと述べ、「こうした自然法の、少なくとも近代における最後の要素として残っているのは、人権である」とした上で、「ひょっとして今日では、人権についての考えは、人間の義務と人間の限界についての教えによって補わなければならないかもしれない。こうした問いをめぐる対話は今日では、異文化交流的に解釈し、かつ設定されたものとなれなければならない。キリスト教徒にとってはこうした対話では、被造物と創造主の問題が重要となるであろう。インド世界ではこれに対応するのは『ダルマ』、つまり存在の内的な掟であり、中国の伝統では天の秩序という理念であろう」と今日の人権を巡る課題を総括している。
それでは、人権規範が多文化の下で適切に行使されるためには、何が必要であろうか。
チャールズ・テイラーも指摘するように、人権規範には実定法上の法言語としての側面と、その正当化根拠である道徳秩序構想としての側面がある。
私は、人権規範がそれぞれの国において法として遵守されるようになるためには、各国で広く承認された道徳秩序構想が人権規範の正当化根拠として受け入れられる必要があると考えている。道徳秩序構想とは、特定の社会が一般的に承認する社会的、個人的な行動規範である。
あらゆる社会は固有の道徳秩序構想を必ず持っているが、個々の道徳秩序構想は固有の個人観、社会観を擁している。
したがって、非西欧社会である日本において人権規範を定着させるには、日本社会において広く受け入れられた個人観、社会観に基づいた道徳秩序構想を人権規範の正当化根拠として再構成して提示する必要がある。
本研究ノートでは、以上の問題意識に基づき、日本における人権規範の正当化根拠としての道徳秩序構想を代表し得る観念として「義理」を取り上げる。
なお、日本における人権規範の正当化根拠として、日本固有の道徳秩序構想を明らかにするという試みは、日本の歴史やそこに見出される文化的遺産を絶対視するものではない。
文化とは常に生成・変容するものであり、その引き金ないし素材はしばしば外部から到来する。例えば、溝口睦子は、(5世紀初頭の)対高句麗戦における敗北のショックが、当時の日本社会に抜本的な体制の変革を引き起こすきっかけとなったのではないかとの考察を示し、その衝撃を幕末期の黒船来航や、唐・新羅の連合軍に惨敗した663年の白村江の戦いに比肩するものと述べている。
また、これらの外圧と同様あるいはそれ以上の衝撃が1945年の敗戦によって日本社会にもたらされたことは明らかである。さらに、1989年の冷戦の終結に伴う世界構造の変容と米国の対日政策の変化によって、戦後日本社会に定着していた心情的な一国平和主義が打ち破られたことも、歴史的な衝撃の一つに数えることが出来るであろう。
そもそも、日本文化とは何かを決定する主体は、日本に住む人々そして日本に関わる人々であり、それらの人々は過去の歴史的遺産、文化的伝統を踏まえつつ、新たな日本文化を創造する主体的権利を有している。
チャールズ・テイラーが述べているように、「過去とは(現在の)状況の源であり、未来とは自らの行動が(過去と)ともに決定する生きられた時間(lived time)」なのである。
したがって、日本における人権規範の正当化根拠としての日本固有の道徳秩序構想を明らかにしようとする試みは、歴史的・実証的研究と同時に、現代日本の何を変え、何を残すべきなのかという規範的研究の両者が必要である。
(森田明彦「権理通義の思想―人権規範の日本的基層理念としての「義理」の可能性」『社学研論集』第14号、早稲田大学社会科学研究科、2009 年9月)
自由貿易は民主主義を滅ぼすのか?
2011年1月29日
昨日(28日)、仙台への往復の新幹線の中で、エマニュエル・トッド『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』(藤原書店、2010年12月)を読んだ。
エマニュエル・トッドは、ソ連の崩壊を予言したフランスの高名な人口学者。
トッドの主張は、ヨーロッパは保護主義を採用することによって、中国などの新興国の安価な労働力とのグローバル競争を遮断し、ヨーロッパ域内の賃金を引き上げることを通じて域内の需要を高めるべきだということである。
しかし、トッドは経済学の基本的法則を理解していないと思う。
賃金が半分になっても、同時に物価が半分になれば、実質購買力は変わらない。
実際に、現在世界で起こっていることはこのグローバルな(賃金を含めた)財とサービスの価格低下なのだと思う。
もちろん、低賃金の労働力を求めて製造業が途上国に生産拠点を移す結果、先進国で雇用機会が失われているという側面があることは間違いない。
その結果、先進国では名目賃金(そして、たぶん実質賃金も)が下がっているために、先進国の消費者が未来を悲観して消費を手控え、一方で賃金が下がるのと同じようには土地の値段やその他の財やサービスの値段は下がらないので、購買力を維持するため、あるいは単純に最低限の生活水準を守るために貯蓄も取り崩すという事態が起きているのだ。
しかし、今日のグローバルな価格低下の根本的原因は、先進国と途上国の間の経済格差が過去数十年間にわたって拡大し続けてきたことである。
その間、トッドが指摘するように、途上国における識字率が高まり、先進国の労働者と競争し得る人々が途上国にたくさん生まれたので、その結果、途上国に巨大で安価な国際的に利用し得る余剰労働力市場が生まれた。
この安価な余剰労働力市場を作り出したのは、経済格差の拡大を放置した先進国である。
結局、長い目で見た時、先進国と途上国の賃金と物価水準が同等に近い水準に調整されれば、現在のグローバルな労働市場の不均衡は調整される。
そして、この調整は途上国側の低賃金の上昇と先進国側の賃金の低下の両方を通じて進むだろう。
その際の問題は、先進国側の名目賃金の低下ではなく、その実質購買力が維持されるかどうかということである。
先進国における生活水準の低下が起こらなければ、物価下落も賃金低下も実質的な問題ではない。
しかし、ケインズが言っていたように「長期的には、皆死んでいる」というのも本当だ。
現実的な対策は、企業がより低い賃金を求めて製造拠点を移すだけでなく、それらの地域での最低賃金を引き上げることで需要を拡大させる誘因を政策的に作り出すことではないか。
同時に先進国では、長期的なデフレに対応できる(財・サービス市場の価格メカニズムがより機敏に動くような)構造改革が必要ではないか。
グローバルに見れば、余剰労働力があり賃金水準が生存水準に張り付いている途上国の労働市場で製品を製造して、先進国ないしは購買余力のある中進国あるいは途上国の富裕層に販売するという戦略は、結局、製造拠点(雇用機会)を先進国から途上国へ移転させて、先進国の労働者の所得(需要)を減少させ、途上国にも追加需要を生み出さないので、中長期的には企業にとっての販路を狭める結果になる。
トッドは、「企業は、国内市場ではなく、国外市場に向けて生産するようになる。そうなると、『企業が支払う賃金は、国内需要を生み出すものだ』という意識が希薄になっていきます」と述べている(上掲書11頁)。
たぶん、現在求められているのは、一国経済の枠組を越えた、(国際的な所得再配分の制度設計を含む)グローバルなケインズ主義的政策なのではないか。
児童ポルノの単純所持規制に関する私の意見です
2011年1月20日
私は、1997年1月より2004年5月まで財団法人日本ユニセフ協会で広報室長を務め、その間、児童ポルノ等禁止法の実現・改正を目指すキャンペーンに取り組んだ者です。その後、大学教員に転身し、昨年4月より尚絅学院大学で子どもの権利論を中心とした国際人権論を教えております。同時に、子ども支援の国際NGOであるセーブザチルドレンやフリーザチルドレンとともに子どもの権利活動にも引き続き関わっています。
この度、宮城県が検討されている児童ポルノの単純所持の違法化は、1998年12月に日本ユニセフ協会が主催したユニセフグローバルセミナーにおいて、タイのチュラロンコン大学法学部のヴィティット・ムンターボーン教授がすでに提言されており、その後12年間にわたって国会でも断続的に公式・非公式に議論が続けられてきましたが、未だに結論が出ておりません。
一方、国際的には、2008年11月にブラジルのリオで開催された第3回子どもと青少年の性的搾取に反対する世界会議の最終採択文書 および、昨年7月に発効した性的搾取・虐待からの子どもの保護に関する欧州評議会条約 が「意図的な児童ポルノの所持の処罰化」を求めており、意図的な児童ポルノの所持の違法化はほぼ確立した国際準則となっていると考えます。
そもそも、児童ポルノの単純所持(自己観賞目的の所持)が違法化されていないということは、被害者児童にとって自分を撮影した児童ポルノ映像・写真がこの世の中に合法的に存在し得ることが容認されているということです。
これは、明らかに被害者児童の尊厳を侵害しています。
したがって、この行為を違法化することは当然と考えます。
これに対して、自己観賞目的で児童ポルノを所持し得るのは主に児童ポルノの製造者であり、児童ポルノの単純所持を違法化しなくても、児童ポルノの製造を違法化・処罰化すれば十分であるとの意見もありますが、通常、被害児童が自己申告をすることは考えられないことから、単純所持が違法化されておらず、被害児童の自己申告もない場合に、児童ポルノの製造者の所有する児童ポルノを押収することはよほどの状況証拠がない限り出来ないことです。
1998年のユニセフグローバルセミナーでムンターボーン教授が指摘していたのもこの点であり、当時、国際的な児童ポルノ取り締まり活動に日本のみが参加できなかったのは、このためです。
さらに、単純所持を違法化することによって冤罪や公権力による個人のプライバシーの恣意的侵害の可能性があることを指摘する人々もいますが、これは議論が転倒していると思います。
冤罪の可能性を排除するためには権利救済制度を整備することが不可欠であり、児童ポルノの単純所持の違法化を条例化する際も同時に異議申し立て制度や人権オンブズマン制度、独立人権委員会などの権利救済制度を整備することで冤罪のリスクに対応すべきであって、単純所持自体の違法化を見送るべきではありません。
しかし、児童ポルノ被害を根絶するためにもっとも重要なことは児童ポルノの単純所持の違法化ではありません。
暴力からの子どもの保護には3つのPと2つのRで取り組むべきという経験則があります。
3つのPとは予防(Prevention)、保護(Protection)、加害者処罰(Prosecution)、2つのRとは被害者のリハビリ(rehabilitation)、社会への再統合(reintegration)です。
このうち、もっとも重要なのは予防です。
被害者を生まないことが最善の対策であることは自明なことだと思います。
予防の中心は、子どもに対する適切な性教育やインターネットを含むメディアリテラシー教育、そして子どもと関わる者(両親や保護者、教員、児童関係施設職員)に対する教育・訓練・啓発です。
この度宮城県が取り組んでおられる児童ポルノの単純所持規制についても、これだけを取り上げて議論することは適当ではありません。
子どもを性的暴力から保護するという本来的な目的を踏まえた総合的対策を公開の審議を重ねて県民とともに作り上げることが肝要と考えます。
以上、私の意見を述べさせていただきました。
日本流政治・社会の「かたち」とは?
2011年1月2日
「アリストテレスの倫理学に関する著作は最も重要なことを述べています。…ある状況で何をなすべきかに関するそれぞれの文脈に応じた判断は、規則に還元したり、規則によって生み出すことは出来ないという見方です」チャールズ・テイラー
(「宗教と民主主義:世俗化概念の多元化」『環』第37号、藤原書店、2009年5月:インタビュー記事by森田明彦)
国際政治学者で平和学の創始者ヨハン・ガルトゥングは、日本の深層文化について、(物事を二元論的にはっきり分けて考えない)陰陽道的な傾向が強く、非常に垂直的で、そして実務的であると評価しています。
ガルトゥングによると、日本人はアジアの国でありながら日清・日露戦争で西欧列強に立ち向かいしかも勝利を収めたという点、また、かつては日本も開発途上国であったのに戦後は先進国に成長し、いわゆる「第三世界」から「第一世界」への仲間入りができたという点に民族的な誇りをもっており、さらに日本は第二次世界大戦での敗戦に対しては連合国全体に負けたのではなく、米国に負けたというとらえ方が強く、戦後の米国を頂点とする世界のピラミッドの下で、「日本は米国に選ばれ守られている民」と考えていると分析しています。
(ヨハン・ガルトゥング『平和を創る発想術 紛争から和解へ』岩波ブックレットNo.603、岩波書店、2005年、26―28頁)
日本は「第三世界」から「第一世界」へと仲間入りした。
日本は、戦後の米国を頂点とする世界のピラミッドの下で、「日本は米国に選ばれ守られている民」と考えている。
これらの日本人の自己評価が、世界を「階層的な秩序」と見る身分制的社会観に基づいていることは明白です。
東洋(あずま ひろし)は、日本社会の伝統的道徳原理を「分け前的平等主義」と定義し、以下の通り説明しています。
権利やルールを平等にし、そのルールに基づく公正な競争を期待する「規範的平等主義」に対して、「分け前的平等主義」は、個人が担当する役割とその役割に伴う責任とを合わせた「役」ないし「職分」を忠実に果たしていくことが正しいとする道徳原理であり、同じ役・分の中では人並みの分け前が保障されることを期待する。
「分け前的平等主義」が成立するには、社会的流動性が少なく、外部との接触が限られた、固定的な身分制社会が必要である。
日本に、「分け前的平等主義」が定着し確立したのは江戸時代のことであり、明治維新後、役・分の枠は国民一般にまで広がり、第二次世界大戦を経て、役・分の流動性がはるかに高くなり、規範的平等意識が浸透してきた現代においても、分け前的平等主義は依然、日本社会の基層的行動原理として機能していると考えられる。
(東洋『日本人のしつけと教育』東京大学出版会、2002年、11―12頁)
東洋は、さらに、集団主義を行動の目標として個人の目標より準拠集団の目標を優先させ、自我は抽象的な個性ではなく他の人々、またはその場面との関連で認識されるような性質を持つものと見なされる考え方と定義した上で、通常は社会が複雑化し、個人の準拠集団がひとつでなく多様化し、それらの間に不一致や矛盾が生じる結果、特定の人間関係に依存しない自我を前提とする個人主義への移行が始まるが、江戸時代の日本は鎖国により極端なゼロサム性と低い流動性を特徴とする社会となった結果、逸脱への許容度が低い社会となり、集団主義からの脱却が自我の一貫性を求める個人主義化の方向ではなく、その時の役割や立場によって行動原理が異なることを許容する「分け前的平等主義」という形で進展したと分析している。
(東洋『日本人のしつけと教育』、36―37頁)
東洋は、日本では分・役に基づく分け前平等主義を基層的道徳原理とする役割社会から完全に脱皮することなく近代化が進展したので、役割と「個」を互いに独立のものとして対置する必要が生まれなかったと分析している。その結果、分・役が流動化する過程で、自発的かつ積極的な役割の選択とその役割への適応が人生の目標となる自発的役割人間が誕生したのである。
(東洋『日本人のしつけと教育』、43―44頁)
東洋は、さらに役割社会は相互依存社会であり、そこでは人の気持ちを察する能力がものごとを明瞭に言い表す能力よりも高く評価する価値観が醸成され、この傾向は近代化以降の日本でも持続している点を指摘し、その結果、「日本では自我の発達がただちに独立を志向せず、親との同一化が、成長に伴ってより大きな社会単位との同一化へと転移を重ね、非常に大きくその意味で抽象度の高い同一化対象(たとえば共同体、国、人間一般)になるに及んで、機能的には独立の達成とほとんど同じことになる」のではないかと推測している。
(東洋『日本人のしつけと教育』、91―118頁)
「日本は米国に選ばれ守られている民」という戦後日本の基層的社会意識は、「他者との同一化を通じて自己充足を求める自発的役割人間」という日本人の基層的人間観に基づくものであることは明らかです。
そして、この日本人の基層的人間観は、自分が帰属する組織・社会を客観視し、自己の超越的信条に基づいて新たな組織・社会モデルを構築しようとする意志ないし意欲を生み出す余地がきわめて限られているという致命的欠陥を持っています。
チャールズ・テイラー博士は西洋社会の近代的自己と国家、経済、公共圏との関わりを以下の通り描いています。
我々は今日、平等な個人からなる社会に生きる存在として自らを理解している。今日の我々の社会への帰属は、様々な繋がり、特に我々が所属する血縁関係から切り離されており、また前近代的な封建社会では中心的な役割を果たしていた階層的関係を含む繋がりから切り離されている。今日でも、階層性や繋がりは存在しているが、近代社会像においては、それは国家、経済、公共圏の次元における社会的帰属から切り離されたものと考えられている。今日、我々は国家、経済、公共圏などの全体的つながりに直接帰属しており、その帰属は他の繋がりによって仲介されていない。そして、これらの全体は他者の社交性(sociability)によって維持されている。
(Charles Taylor, A Secular Age, the Belknap Press of Harvard University Press, 2007, p.575)
ここに描き出された「近代的(独立的)自己」と、日本の「相互関係的自己」の違いは決定的です。
そして、1990年代以降、日本社会がなぜ20年間も低迷し続けているのかもこの観点からすれば容易に説明がつくように思います。
外部に対して閉ざされた、比較的安定した、身分制社会の中で成立した、場に基づく役割社会の道徳原理は、徹底した個人化(individuation)と超国家的(transnational)行動原理を必要とするグローバル社会に最も不適合な行動原理の一つであるからです。
今日の日本が直面している課題は、比較的安定した同質性社会の中で確立した入れ子状の上下関係を反映した階層意識の克服であると思います。
しかし、現在の社会秩序、世界秩序を所与のものとして、その中で分に応じた努力を積み重ねることで社会的評価を獲得することを基本的行動原理とする大半の日本人にとって、この社会を客観的に突き放して観察し、新しい社会像を構想し、さらにその実現にために努力するという、主権者としての国民ないし主体的市民という意識と行動様式を確立することは容易なことではありません。
これまでの日本社会では、高い達成動機と集団の中で目立つことを回避する謙虚さという本質的には相反する価値が高く評価されてきましたが、この二つの価値が両立可能であったのは、社会が「場」に基づく複数の階層組織・集団に分断され、それぞれの組織において「分」に応じた役割を果たすことで、次第に高い評価を獲得できるシステムが機能していたからです。
しかし、今日の世界のように、流動化し、フラット化、モジュール化、ネットワーク化が進行する社会では、階層的秩序観に基づく行動原理は機能しません。
また、日本が少数民族、非日本国籍者、障害者を周縁化し続け、民族の同一性神話や一億総中流意識の幻想を持ち続けることももはや不可能でしょう。
1980年代以降本格化したグローバリゼーション(第三の開国)は比較的安定した政治的環境の下でそれぞれの分を尽くすことが望ましい生き方であるとする従来の日本の単一社会の論理に対して、自らの望む世界とは何で、日本はそのような世界でどのような存在として、どのような立場を占めたいのか、そして、そのためには何をすべきか、ということを全ての国民が具体的に考えることを強いられるという、これまでの日本にはほとんど欠如していた日常的なレベルでのグローバルな思考実践を日本の社会に強いています。
これは、主権者としての個人の政治責任を問う外圧と言い換えることも出来ます。
沖縄における在留米軍の負担軽減をマニフェストに掲げて政権を獲得した民主党鳩山政権が、日米交渉において後退を余議なくされ、最終的に退陣に追い込まれた原因の一つは、日本国民の間に望ましい日米関係像を含む理想の世界像が存在していなかったため、現状の日米同盟に対する代替案を提示できず、終戦直後に確立された冷戦体制を前提とした対米依存意識から脱却することが出来なかったためでしょう。
流動化する国際社会の中で、日本の人々が望む新たな地球社会の「かたち」とその中で日本が果たしたいと考える役割を再定義する作業は、それが、日本の伝統的な人間観、社会観の変容を伴うものであるため、これまでのように一部の知識人や権力者が適当と考える制度や考え方を他の先進国から部分的に導入することで対処するというわけにはいきません。
「お上(おほやけ)」が定めた秩序を所与のものとして受け入れるという精神構造自体が、今日のグローバル化が要求する社会像とその基層にある人間観と相いれないものであるからです。
したがって、新たな国の「かたち」「目標」を再定義するという作業は、一人ひとりの市民の自発的な対話に基づいて行われる以外にはありません。
その意味では、「おほやけ(公)」が国家、政府、体制、組織、集団を指し、これらは所与の存在であり、「わたくし(私)」は「おほやけ(公)」の下位に位置づけられた存在として、私利の心である私心を離れて(=無私の心)「おほやけ」に奉仕することが善とされてきた日本の伝統的価値観は、今や根本的な変容を迎えつつあると言えます。
「最善の制度とは常にその国の市民が生きる固有の環境を考慮したものである」
チャールズ・テイラー博士の学問上の同僚でもあるカナダのギ・ラフォレ教授が提示したアリストテレス哲学の基本的考え方です。
日本社会固有の環境を考慮した政治・社会制度とはどのようなものなのでしょうか?
今年の大きな課題です。
今年もお世話になりました!
2010年12月31日
今日は大晦日です。
今年もいろいろなことがありました。
まず、4月に郷里の宮城県で専任の大学教師になり、子どもの権利論を中心に国際人権論を正式に教え始めました。
毎日が試行錯誤でしたが、最近やっと自分なりの国際人権論というもののイメージが浮かぶようになってきました。
思想としての国際人権、法言語としての国際人権、そしてアドボカシーないし啓発教育の対象としての国際人権は、それぞれ理論、現状分析、政策という社会科学の3つの要素に対応すると思います。
思想としての人権について、今年秋の第83回日本社会学会で”Neo-Communitarian approach on human rights as cosmopolitan imperative in the East Asia’ というタイトルで研究報告をさせていただき、後ほど、韓国のHAN San-Jin先生からとても示唆に富んだ、そして温かいコメントをメールでいただきました。
また、2009年度日本法哲学会年報に拙論「イラク戦争を巡るマイケル・イグナティエフの思想―その人権論を手掛かりに」が掲載されました。
そして、昨年9月に北京で開催された第24回法哲学社会哲学国際学会連合世界大会で発表した私の原稿を加筆修正した”Difference in the Conceptions of Self as subject of human rights between the West and Japan – Can Confucian Self be strong enough to exercise the positive liberty in the authoritarian society ?”が同学会学会誌Archiv fur Rechts-&Sozialphilosophie (ARSP)-Beihefte に掲載されることが決まりました。
法言語としての国際人権についてはまだまだ勉強していかなければいけないことが沢山ありますが、とりあえず国連子どもの権利条約の新しい選択議定書を素材として論文(習作です)を1本書きました。
アドボカシーと人権教育については、もっとも充実した活動と成果を残せた年でした。
国連子どもの権利委員会に対する通報制度(新選択議定書)の実現を目指すグローバルキャンペーンの日本事務局として、21世紀最大の子どもの権利ムーブメントに引き続き取り組みました。
また、国際セーブザチルドレンが計画しているグローバルイニシアティブの一つであるChild Rights Governance InitiativeのSteering Groupに参加することになりました。
表現アートによる参加型人権教育ワークショップもいろいろな場で実践させていただきました。
来年は児童ポルノ等禁止法改正も国会で審議が始まると思います。
9月にはフランクフルトで大25回法てつがく社会哲学国際学会連合世界大会が開催されます。
私も、健康に留意しつつ、さらに前進したいと思います。
皆様もよいお年をお迎えください。
宮城県青少年の健全な育成に関する基本計画中間見直し(案)に対する私の意見です!
2010年12月24日
1.中間計画のタイトル
国の「青少年育成施策大綱」は「子ども・若者ビジョン」の制定に伴い廃止されました。宮城県の基本計画も、「子ども・若者の健やかな成長支援計画」のような名称に変更すれば、今回の中間見直しが目指す方向性がより正確に伝わるようになると思います。
2.施策2
「子ども・若者ビジョン」の第3 子ども・若者等に対する施策の基本的方向/1 すべての子ども・若者の健やかな成長を支援する/(2)子ども・若者の社会形成・社会参加支援/①社会形成への参画支援には(子ども・若者の意見表明機会の確保)について、「政策形成過程への参画促進のため、各種審議会や懇談会等における委員の公募制の活用、インターネット等を活用した意見の公募等により、子ども・若者の意見表明機会の確保を図ります。子ども・若者育成支援施策や世代間合意が不可欠である分野の施策については、子ども・若者の意見も積極的かつ適切に反映されるよう、各種審議会、懇談会等の委員構成に配慮します」と書いてあります。
宮城県の基本計画施策2.にも、同様な記述を追加し、本年度実施した「県子ども議会」などの取り組みをより本格的かつ継続的に実施する体制作りを盛り込んでは如何でしょうか。
10月16日午後1時~ユニセフ子どもトーク《世界は友だち》
2010年10月13日
【ユニセフ子どもトーク】
主催:森田明彦研究室(尚絅学院大学総合人間科学部現代社会学科)
協力:日本ユニセフ協会宮城県支部
会場:尚絅学院大学4号館112教室(定員200名)
宮城県名取市ゆりが丘4-10-1
参加費:無料
開催日時:10月16日(土曜日) 13:00-14:30(90分間)
<プログラム概要>
ユニセフ(国際連合児童基金)東京事務所代表の平林国彦(ひらばやし くにひこ)さんと、宮城県出身の参議院議員の今野東(こんの あずま)さんをゲストスピーカーにお招きして、中学生、高校生、大学生、そして大人がそれぞれの立場から世界、そして日本の子ども達のの問題を語り合い、自分たちに出来ることを考える、世代間対話の試みです。
<スケジュール>
13:00 開会
司会者(尚絅学院大学4年生および尚絅学院高等部生徒)
13:00-13:02 主催者挨拶
13:05 平林ユニセフ東京事務所代表によるお話(20分)
「世界の子どもたちは今」
13:25 今野東国会議員によるお話(20分)
「子ども最優先!-難民の子ども達」
13:45-14:30 子どもパネリストとの質疑応答(会場からの質問を含む)
14:30 閉会
<平林国彦(ひらばやしくにひこ)ユニセフ東京事務所代表プロフィール>
2010年4月にUNICEF東京事務所代表に就任。1994年から約10年間、国立国際医療センター国際医療協力局に勤務し、ボリビア、コロンビア、インド、インドネシア、ホンジュラス、ウズベキスタン、南アフリカ、ベトナム等の病院での技術指導、保健省での政策立案支援などを担当。JICA専門家・チーフアドバイザー、WHO短期コンサルタントなどを経て、2003年からUNICEFアフガニスタン事務所(保健省シニアアドバイザー、UNICEFアフガニスタン事務所保健・栄養部長)、およびレバノン事務所(保健栄養部臨時部長)を歴任。2006年9月から2008年6月までUNICEF東京事務所副代表。2008年7月からUNICEFインド事務所副代表。
1984年筑波大学医学専門学群卒 医師免許取得、循環器外科を専攻(筑波大学付属病院、茨城こども病院、神奈川子ども医療センターなどで研修)。1994年筑波大学大学院博士課程終了、医学博士取得。
<今野東(こんのあずま)参議院議員プロフィール>
明治学院大学社会学部卒業。フリーアナウンサーとしてテレビ・ラジオで活躍。東方落語主宰。難民支援基金理事長。
2000年衆議院議員(宮城1区)初当選、2003年再選民主党政調副会長、次の内閣人権担当副大臣を経験、2007年7月の参議院選挙(民主党比例代表)で初当選。
◆2010年10月現在
裁判官弾劾裁判所裁判長
法務委員会委員
沖縄及び北方問題に関する特別委筆頭理事
「リベラルの会」世話人
◆所属している主な議員連盟
日本の森を元気にする議連・会長
人権問題を市民と共に考える議連・副会長
シベリア議連・副会長
戦後補償を考える議連・幹事長
アムネスティ議連・事務局長
ミャンマーの民主化を支援する議連・事務局長
西サハラ問題を考える議連・事務局長
民主党行政書士制度推進議員連盟
民主党税理士制度推進議員連盟
北方領土返還・四島交流促進議員連盟
沖縄等米軍基地問題議員懇談会
取調べの可視化を実現する議員連盟など
◆趣味:ガーデニング、料理(ビーフシチューが得意)
◆家族:妻、長女、長男4人暮らし









