浦安の夏

この日(6日)は、そのあと朝10時にフィリピン教育演劇協会のアーニーさんと一緒に長崎を出発し、福岡空港で彼を見送ったあと、新幹線で千葉県浦安市の自宅に戻ってた。
翌日(7日)は、午後1時から横浜で行われる横浜エイズフォーラムでワークショップのファシリテーターを務めた。
このフォーラムで参加型ワークショップをやらせていただくのは、今年で3回目。
昨年5月に前の職場を辞めてから、いろいろな場で学んできたことを初めてまとめて活用する機会となった。
そして、今回はじめて自分が理想とするワークショップの型がおぼろげながら見えた。
8日の夜は昔からの知り合いの方のスタジオに行って、サマーワークショップで子どもたち、若者たちが創り上げた演劇メッセージを収録したビデオを編集。
9日朝には、米国大使館にこのビデオを持っていった。
10日には、今回のワマーワークショップに関する原稿を一つ書いた。
11日&12日は家族と筑波山に一泊で出掛ける。筑波神社と大御堂にお参りして、やっと、この夏の行事の区切りがついた気がした。
13日は午前中、原稿の見直しをして、午後から中学校の同窓会に出席するために仙台へ出掛けた。今回の同窓会は少人数だったこともあり、これまでで一番打ち解けた、楽しい同窓会だった。
 
そして、14日より懸案の論文作成に取り掛かっている。
この春に、チャールズ・テイラーの『ヘーゲル』に関する論文を何とか仕上げ、今回はマイケル・イグナティエフの2001年以降の作品に取り組む予定。
でも、イグナティエフも、テイラーも、アイザイア・バーリンに大きな影響を受けている自由主義者であるのだけど、テイラーがコミュニタリアンであるのに対して、イグナティエフがリベラリストであるところが何とも面白い。
そして、この二人の思想家が大好きなわたしは、共和制的コミュニタリアニズムの信奉者ということになっているらしい。(^-^)
そう言えば、将来世代国際財団が出している『公共的良識人』という新聞のために書いたわたしの書評論文の中の小見出しの一つは「自由主義としてのコミュニタリアニズム」である。
昨日読んだ樋口陽一先生の『国法学』(有斐閣、2004年)の中で、樋口先生もコミュニタリアニズムを共同体主義という日本語に訳すことは不適切であると主張されている。(『国法学』94頁)
日本の戦争体験における共同体の関わりを考えれば、当然の指摘ではある。
 
そんなことを考えながら、昨晩(15日)はNHKのスペシャル番組を観た。靖国問題、日本の戦争責任など、国民的レベルでもう一度考えなければならない課題について真剣な話し合いが行われていた。
日本も、ほんとうに「国のかたち」を考え直す大きな転換点にさしかかったんだなぁ、って思う。
 

 

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