「脱亜入欧」と丸山眞男

1950年代以降、日本の近代化の歩みは「脱亜入欧」という言葉に象徴されるものとして語られてきた。
今日盛んに議論されている東アジア共同体論も、その背景には日本が明治維新以降、アジアに背を向けてきたことの反省を前提としたものが多い。
しかし、丸山眞男は、明治維新以後の日本の辿った軌跡が、このような言葉で語り尽くすことが実はできないことを、次のような問いから明らかにする。
「大日本帝国の精神的支柱である国家神道は果たして『脱亜入欧』という言葉で表現され尽くされるのか」
「濃厚な儒教的色彩を帯びた『教育勅語』は、いったいどういう意味で『脱亜』であり、『入欧』であるのか」
ナルホド、と思う。
 
最近、国際政治学者の永井陽之助の本を読む機会があったのだけど、戦前、戦後を生きた思想家には自分のような世代には持てない、厳しい多面的な歴史認識があるように思う。
自分が生きるために考えた人だけが持てる厳しさみたいなものだな。
 
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