世界史のなかの日本の「近代」

以前、編集学校の稽古でやったことがある自分の年表作りを久し振りにやってみた。
1905年の日露戦争以後の日本の歴史。
19世紀末の帝国主義の時代以降の世界の歴史。
自分がどんな出来事を歴史的な契機と考えているのかがはっきり分かって、とっても楽しい作業だった。
政治的イベントの背景には経済的な底流があり、一方で政治経済現象はそれでけで自立的に変動するのではなく、特定のイデオロギーとの相互作用の中で動いているという風に自分は20世紀という歴史を見ているということが分かった。
でも、同時に今の自分にとってまだきちんと理解できていない現代史の出来事も少なくないことに気が付いた。
 
わたしは修士論文では戦間期日本の経済を主に信用組合運動の歴史から研究したのだけど、その時、純粋な経済統計の分析からだけでは日本の軍国主義化が説明できない気がして、当時偶然戸坂潤の『日本イデオロギー論』を読んで、思想の持つ重要性を思い出したことがあった。
考えていると、あの本がきっかけて博士後期課程では社会思想を専攻することを決意したのだから、人生ほんとうに一瞬先は闇ですよねぇ。(^^;)
 
それにしても、今から20年後、自分がどんな現代日本史を書くことができるのか、とっても興味深いことではある。
2025年の日本。
どんな風になっているのでしょうねぇ。
 
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