憲法9条と国際連合

昨日は、国際連合の成立と日本について学生たちと話した。
 
実は、たいへん迂闊なことだが、日本が国際連盟の常任理事国だったことをこの講義を始めるまでわたしは気が付いていなかった。
たぶん、どこかで学んだとは思うのだが、何とはなしに日本は昔から国際機関の中では仲間外れにされてきたんだろうという意識があった。
同時に、戦前は日本と米国が対立していたという歴史的事実も何とはなしに意識の外にあった。
 
石原莞爾『最終戦争』を最近読んだのだけど、石原は世界は間もなく米国と日本の対決を迎えると書いている。
当時の日本人はそのような世界認識を持っていたんだなぁって、目から鱗を落ちる思いがした。
歴史的に振り返ると、第二次世界大戦における日米対決は自由民主主義と全体主義という思想上の対立から生じたというよりは、ある程度成熟した自由民主主義を持った国々が、未成熟な自由民主主義しか存在しなかったがゆえに暴力的社会改革に活路を目指そうとして恐怖の統制社会を生み出した国々と軍事的に対決して、その体制を打ち破ったということなのだと自分は思う。
多くの日本国民が終戦後さしたる反乱も起こさず、占領軍の指示にしたがったのは、最近の新自由主義史観の人たちが言うように敗戦によって日本人としての誇りを失ったからというよりは、単純にそれまでの政治体制があまりにも酷くて心底嫌気がさしていたところに解放軍として米軍がやってきてくれたので大歓迎したというだけのことではないかと自分は思っている。
 
その意味では、サダム・フセインの下で民主化、脱宗教化が着実に進んでいたイラクとは全然話が違う。
フセインが独裁者であったことは事実で、多くの人権侵害がフセインの下で行われたことも事実ではあるが、しかし、同時に当時のイラクは中東ではもっとも女性の社会進出が進み、世俗化、民主化が進んでいたことも事実なのである。
まぁ、大正時代の日本の民主主義は本物か、贋者かという議論に意味がないように、フセイン体制下のイラクに民主主義はあったかなかったかという議論も無意味である。
要するに、民主主義への進展は確かにあったが、現在の米国や英国に存在するような水準の民主主義には育っていなかったというのが正しい現状認識だろうと思う。
そして、フセインがそのまま権力の座に居座っていたら、イラクの民主主義はほんものに育っていったのか、という問いに対する回答は99%の確率でNOだろう。
それなら、外部からの介入でフセイン体制を打倒したことは一定の正当性があるのか否かという問いが出てくるわけだけど、これは今の段階では回答することがとっても難しい問題だろうと思う。
イグナティエフは、フセイン体制が終焉したこと自体は正しいと主張しているが、まぁ、そこだけに限れば、そう主張することも可能な気がしないでもない。
 
何はともあれ、国際連合。
1941年8月に、チャーチルとルーズヴェルトが発表した大西洋憲章に基づいて作られたというのが定説。
ちなみに、日本軍による真珠湾攻撃は1941年12月8日。
日本が戦争は始める前に、英米は戦後の世界秩序を既に構想していたわけだから、まぁ、今から振り返れば、どう考えても、この戦争、日本に勝ち目はなかったですよね。
しかし、その当時の状況判断の誤りの結果、日本は敗戦後じつに60年経っても、依然国連の常任理事国になれないわけだから、これは実は深刻に受け止める必要のある歴史的事実なのである。
 
この国連。
国際連盟の失敗に学んで、平和への脅威に対する集団的な軍事行動を想定している。
また、1950年には国連総会において「平和のための結集」決議が採択され、同決議に基づいて、国連平和維持活動(PKO)が行われるようになった。
日本政府は憲法9条は自衛隊の海外派遣を認めていないという有権解釈を盾にとって1991年の湾岸戦争までPKO活動への自衛隊派遣を拒否してきたのだけど、湾岸戦争で130億ドルの資金協力をしたにもかかわらず米国から評価されなかったことにショックを受けて、急遽、PKO協力法案を作成した。
この法案は修正の上、1992年6月に可決されている。
以後、日本の自衛隊は世界各地に展開するようになったわけである。
 
まぁ、これだけ自由貿易体制のおかげで経済発展を遂げた日本が、ODAと同じノリで金だけ出せは国際貢献として評価されると信じていたこと自体、今から思うと想像を絶する国際感覚オンチだけど、でも、自衛隊さえ出せは国際社会で評価されると信じているナイーヴさも、当時の感覚と五十歩百歩という気がしないでもない。
日本人というのは、目の前の現実の中で色々と小さな工夫を凝らして楽しい人生を作り上げることには天才的な閃きを示すのだけど、グランドデザインに基づいて現実的な世界情勢分析を行い、将来の政策を決めるような面には長けていない。
まぁ、これが日本と言う島国に住む人々の特性なのかも知れないけど、その意味ではグランドデザイン作成能力に優れたアングロサクソン民族にぴったりくっついている今の政策は、どこまで深く考えて決めたのかは分からないけど、現実的にはとっても正しい選択なのかも知れない。
これは外務省の大先輩で日本における戦略論の第一人者でもある岡崎久彦さんの主張でもあるわけだけど、戦前の日本は日英同盟を通じて英国から良質の国際情勢に関する情報が入ってきていた間は大きな情勢判断ミスをしていないのに、英米から距離をおき出した途端にリアリスティックな現状認識が狂い始めたというのは、たぶん、正しい歴史認識なのだ。
 
ただ、問題は外国に自国の安全保障を全面的に委ねるということが日本国民の精神的な退廃をもたらしたということである。
その結果、近年、突如としてナショナリズムが日本社会で復活してしまい、近隣諸国に大きな不安を与えている。
まぁ、戦前に日本がアジアでやったことを考えれば、周囲の国が不安を感じるのは当然で、それが反日運動だとしか認識できないところに、この国の大きな問題があるように自分は感じている。
自分とは異質な他者が自分をどんな風に感じているか感じ取る感性が、この国の人たちには育っていないかも知れない。
何故、育たなかったんだろう?
でも、個人として見たとき、日本人が繊細な感受性を持っていることは個人差はあるとは言え、依然、事実ではあると思う。
 
国民という集団となると、その感受性が突如失われうのは何故なのだろう?
もし、日本人がそういう特性を持っているとしたら、愛国心教育なんて間違ってもやっていけないということになる。
 
まぁ、国連について講義をすることになったときは、正直言って何か面白いことが話せるのか、とっても心配だったけど、調べれば調べるほど、国連と日本、国際社会と日本というテーマは面白い。
 
あと半年、楽しくやっていこうと思う。
広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中