経世済民の学とブレトンウッズ体制

2002年4月に早稲田大学の博士後期課程に入学し、思想関連の研究に没頭していたお蔭で、最近経済学にふれる機会がなかった。
ところが、明日の講義でブレトンウッズ体制についてお話をすることになった関係で、久し振りに経済学の本を読み返すと、これが実に楽しい。
 
わたしは1979年から1983年まで大学生活を送ったのだけど、文学部史学科西洋史専攻というところに所属していたにもかかわらず、実際は経済学、国際法、憲法のお勉強に没頭していた。
まぁ、外務省の試験を目指していたせいだけど、その中では経済学は一番好きだった。
だから、その後、外務省に入って、ヘブライ語の研修生として1984年より2年間、イスラエルのエルサレムに留学した際にもヘブライ語で経済学、統計学、経済数学を学んだ。
 
当時は第40代米国大統領となったレーガン(1981年1月20日~1989年1月20日)の下でレーガノミクスを呼ばれるサプライサイド経済学の理論に基づく新自由主義経済政策が米国で進められており、英国ではサーチャー首相(1979年5月4日~1990年11月22日)の下でサーチャー革命が進行中だった。
日本でも中曽根首相(1982年11月27日~1988年11月6日)の下で同様な試みが行われ、日本専売公社、国鉄、電電公社が民営化されました。
しかし、当時の米英が経済的不況の下にあり、徹底した自由化が政治的に可能であったのに対して、日本は経済的好況下にあったため、本格的な経済改革は先送りにされてしまったわけです。
その結果、90年代に入って日本は米国に大きく水をあけれらることになりました。
 
本当に人生、何が幸いで、何が不幸の種になるか分からないものです。
そういえば、前東京都知事の青島幸男さんの本に『人間万事塞翁が丙午』(埼玉福祉会)というのがありました。確か、青島さんのご両親だか祖父母の人生を振り返った話で、一時が万事何が幸いするか分からないという出来事が次々と展開していく、とっても楽しい本でした。
 
それはともかく、経済学というものは、結局、古典派経済学とケインズ経済学という二つの流れの対立と発展の歴史として把握することが出来るというのが、まぁ経済学史の一般的な見方だと思います。
この二つの理論の違いは要するに価格機構がどこまで機能するか、に対する見方の違いです。
古典派経済学は基本的には市場の価格調整機能を信頼する見方で、ケインズ経済学は様々な理由で市場の価格調整機能が働かないときには政府や中央銀行の介入が必要であるという見方です。
 
1929年、米国ウォール街で起きた株の大暴落に始まる世界大恐慌がケインズ経済学の出番を作りました。
経済不況を脱するには積極的な政府の財政政策が必要であると考えられたのです。
 
また、この世界大恐慌が人々の自由主義経済への信頼を揺るがせた結果、ファシズムや共産主義への広範な支持を生み出してしまったこと、さらに世界経済自体がブロック経済化して、相互に対立するようになったことが第二次世界大戦の原因の一つになったという反省から生まれたのが、自由主義経済を守るための装置としてのブレトンウッズ体制だったのでした。
 
しかし、この戦後国際金融体制を決める1944年7月のブレトンウッズ会議において、ケインズの主張は採用されず、米国のホワイト案が採択されました。
この背景には、世界の覇権が英国から米国へと移行していくという大きな構造的転換があったわけです。
 
まぁ、現在北東アジアで起きている日中間の対立や日韓間の対立も、この地域の覇権を巡る争いとして捉えることが可能なのかも知れません。
ちなみに、わたしは中国と親しくしていく以外に今後の日本の将来はないと思っています。
日米同盟を基本にしながら、第二の窓を東アジア諸国に開いていくこと、その際に中国との友好関係を基本に据えることが今後の日本が取るべき政策方針であるべきだとわたしは考えています。
 
それはともかく、現在まで続く自由主義経済体制の礎を築いたブレトンウッズ会議。
なかなか調べ始めると興味の尽きないテーマではあります。
 
 
 
 
 
 
 
 
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