日本の円高?

最近、経済学関係の本を読み返すことが多くなった。
社会哲学とか、社会思想というのは、現実的な政治経済分析(認識)の基礎となり得るのでなければいけないと感じるようになったことが、その原因である。
一見、理想主義的、人間中心的な考え方でも、現実には全く反対の効果を生み出したり、あるいは現実に適用不可能であれば、あまり意味がないのではないか、と思うのである。
 
それはともかく、最近読み返して印象に残ったのがリチャード・クーの『良い円高 悪い円高』(東洋経済新報社、1994年)。
今、わたしは2006年の冒頭に立っているのだけど、振り返ってみると、円ドルレートというのは、過去30年間に大きな変化を示したきた。
1971年8月のニクソンショックまでは1ドル=360円の時代があったということを、私たちは忘れがちだけど、そのあと85年のプラザ合意に基づいて、急激な円高が起きた。95年4月には、1ドル=79.75円という記録的な円高となった。
考えてみると、これは大変なことである。
米国産の牛乳が1本1ドルだとすると、1971年までは日本では360円払わなければ、この米国産牛乳を買えなかった。それが、1995年には80円で買えるようになったのである。
しかし、逆に考えると、1個360円もする日本製の電球でも、1971年当時の米国では1ドルで買えたけれど、1995年には360/80=4.5ドルも払わなければならなくなったということである。
当然、日本の輸出業は苦しい状況に追い込まれることになった。
 
クーの本は1994年、記録的な円高が起きる直前に出版されたものである。
その中でクーは、当時の円高を日本市場が閉鎖的で輸入や対日直接投資が増えないためであると既に指摘している。
その結果、日本企業は続々と海外へ生産拠点を移していった。
ところが、最近の資料を見ると、1995年をピークに日本企業の海外進出は低下し始め、99年からは外資系企業の新規設立、資本参加が増え始めているのである。
要するに、超円高によって日本市場を閉鎖しておくことがもはや不可能になり、日本の市場規制緩和が進められた途端に、日本の製造業は日本に戻り始めたということである。
勿論、規制緩和が進んでいるので、外国資本の対日進出も同時に始まっている。
 
しかし、当時、クーは日常感覚で適正な円ドルレートは、1ドル=160円前後ではないかと書いている。
このレートと比較すると、日本では依然、円高が続いていることになる。
小泉内閣が民営化、規制緩和を強調するのは、ある意味、当然かも知れない。
 
これから10~20年は日本の市場開放、規制緩和は更に進むと思わなければいけないということだろう。 
 
 
 
 
 
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