『ソクラテスの弁明』

最近、久し振りにプラトンの『ソクラテスの弁明』を読み返した。
多分、大学卒業以来初めてだがら、20数年振り。
 
自分が学生だったときは単純に勇気のある人だなぁ、としか感じなかったけれど、20年以上社会で生きてきた後に読むと、ソクラテスという人の生き方の凄さとか、当時のアテナイという都市の雰囲気が学生時代以上に臨場感をもって感じ取れるようになった気がした。
ソクラテスがソクラテスらしい生き方を実現する上で、乗り越えなければならなかったものの巨大さが、今の自分には少しだけ分かるようになったからでしょうね。
そして、ソクラテスという人の生き方、考え方が人類の教師と尊敬されるだけの理由があることも、それなりに分かるような気がしてきた。
 
人間って、そんなに立派に自分を貫けないものだし、どんな立場に立たされても終始一貫して自分の信念に基づいて生きるというのは、本当にたいへんなことだと思う。
何よりも敵が出来ますよねぇ。
人は弱いものだから、自分の周囲の人の半分が敵に回ったら、なかなか自分の最初の意見を貫けないもので、少しずつ妥協していくうちに自分の立場を失ったり、全然別の立場に巧みに乗り換えていたりするものだ。
 
一つの信念を貫くことを天命とする人だけが、自分の人生を芸術のように描き上げて、この世から去っていくことが出来るのだろうと思うう。
 
「一番大切なことは単に生きることそのことではなくて、善く生きることである」
こういう言葉を自らを省みて、内心まったく忸怩たるものなしに語ることが出来る人間というものも、ある時代、ある文化の中に存在し得たのだなぁって思う。
 
古代ギリシャ文明は、その後、その後、ルネッサンスを経て英国のシビックヒューマニズムの源流となって、近代倫理の一つの礎になっていくわけだけど、ソクラテスという人はそれだけのことを成し遂げ得る人だったんだなぁ、と今更のように思った。
 
 
 
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