浦安の街、蛇遣座、権利の主体としての自己

昨日、久し振りに浦安の街を自転車で走り回ったら、海岸から内陸側に向う道路の植え込みのところに1メートル近い長さの蛇が白い腹を見せて亡くなっていた。
考えてみると、自分の誕生日は12月14日。
13星座によると蛇遣座である。
この星座の特徴は、いろんなことに挑戦する。バイタリティーあふれるがんばりやさん。ちょっと無謀とも思えることでも、取りあえず計画を立ててみるのです。だから、挫折も多いでしょう。失敗も多いですね。でも、それを踏み越えていく力を持っています。過去は過去。それを、未来へと頑張る材料に変えてしまえるあなたは、周囲からも頼りにされることでしょう。
交友関係においては、あなたのその前向きな明るい性格が、周囲の雰囲気までも明るくさせ、多くのいい友人に囲まれるでしょう。あなたのその楽天的な正確さは、相手のちょっとした良い点を見つけてあげられ、一緒になって喜んであげられます。ただ、他人からの束縛を嫌い、自由奔放に動ける位置に自分をおきたがるため、戦友というべき友人を見つけるまでは、苦労します。
あなたの注意すべき点は、思い付いたら先に体が動いてしまうほどの瞬発力がと、粘り強さのために自分をかえりみる余裕が少ないということです。ちょっと立ち止まってじっくりと自分を見つめる時間をつくってあげましょう。
本当にドンピシャリで、びっくり。
 
何はともあれ、当面は10月2日の公聴会である。
昨日、博士論文概要書の一番アタマの部分をアップしたけど、その続きはこんな感じ。(^-^)/
 
「そのために取り上げたのが「権利主体としての自己」という観念である。テイラーによれば、近代における道徳世界が、それ以前の文明と決定的に異なっているのは、権利の内容ではなく、権利の形式である。すなわち、近代以前において、ひとは「法の下にある(I am under law)」と考えられていたのに対して、近代以降、権利とはその所有者が(権利を)実現するために、それに基づいて行動すべき、あるいは行動することができる「主体的権利」と考えられるようになったのである中世の身分制社会から解放された個人は、自らの望むところにしたがって自らの人生を発展させる権利を、「法」によって与えられたのではなく、自らに帰属するものと考える「権利の主体」となった。「権利の主体としての近代的自己」は、自由で民主的な共同体に「位置づけられた存在」として、他者との対話と承認を通じて自らの個性を発展させるために、そのような生き方を可能とする自由主義体制を維持、発展させる社会的責務を自ら担う「主権者としての人」となったのである。」
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