日本流人権の思想は可能か?

早稲田大学社会科学研究科(14号館)にやって来た。
2002年から何度となく通った懐かしい学び舎である。
自分の博士論文公聴会まであと4時間というところ。
 
自分が今日発表しようとしている問題は、人権という法規範の根底にある人権思想という思想(哲学)は普遍的なものなのかどうかということである。
近代人権というものは、西欧社会において誕生した。
人はその尊厳と権利において平等であるという人権の思想は第二次世界大戦を経て普遍的なものと考えられるようになった。
その象徴が1948年に採択された世界人権宣言である。
「人類のすべての構成員に固有の尊厳と平等で譲り渡すことのできない権利を認めることが、世界における自由と正義、そして平和の基礎である」という世界人権宣言の前文は、この近代人権思想のエッセンスを端的に表現したものであると言える。
しかし、この普遍的と考えられた人権という思想に対して現在、さまざまな疑問が投げかけられている。
 
自分自身が感じた人権の普遍性に対する疑問は、まず第一に人権という思想に対する日本社会の潜在的な拒否感情を発見したところから生まれた。
基本的人権の尊重、国民主権、そして平和主義を国是としているはずの日本において、人権という考え方を人々が本当は毛嫌いしているのは何故なだろうというのが第一の疑問。
第二の疑問は、ユニセフという国際組織の中で特に西欧ないし西欧文明圏のメンバーに対して感じた「彼らは基本的人権、個人主義、民主主義という理念を一体のものとして、しかも自分の生活信条として生きている」という印象と、彼らの持っている信念体系は日本人にはないという感覚、そして日本社会に近代人権の考え方を普及させようと日本社会に即した話し方をしているうちに、本来の人権理念から自分が外れていくという体験から生まれた。
要するに、日本社会では制度、法規範としての人権は定着したが、その背景にある思想としての人権は定着しなかったのではないか、という疑問が自分の研究の出発点なのである。
 
その頃、読んでいたのがBBCのレポーター、ハーバード大学カー人権政策研究所長を経て今やカナダの国会議員になってしまったマイケル・イグナティエフである。
 
人権をめぐる様々な論考を読み進むうちに、自分のアタマの中には大体、2つの考え方というか見方が確立していった。
第一に、人権思想自体が西欧近代社会において成立した歴史的産物であり、西欧社会の文化的偏向を反映しており、これをそのまま受容しようとすることは、個人の基本的平等から導かれる各個人の属する文化、民族、国家間の基本的平等という人権思想の内在的原則に反するのではないかということである。
第二に、それぞれの文化の内容は所与のものではなく、その内容を決める権利は個人にあるということ、そしてこの個人の自律性ころ人権思想の重要な要素の一つであるということである。
したがって、ある文化の下で人権という思想が定着し得るか、という問いには現在の人権思想自体と当該文化に対する批判的吟味が伴っていなければならないという結論が導かれた。
 
この結論から自分の研究について3つの方向性が生まれた。
第一に、現在の人権思想のどの部分がその誕生の地である西欧社会の文化的偏向を反映した特殊西欧的なものであるかを明らかにするという社会思想史的な分析。
第二が特殊西洋的な部分を取り外した人権思想はどのようなものとなり得るのかという哲学的な検討。
そして第三が人権という新しい思想を受け入れるために、特定の文化にとっていかなる変容が求められるのかという文明論的な検討である。
自分の博士論文では、第一の分野には2章、3章、4章と6章、7章、第二の分野として5章と7章、第三の分野として8章、9章、10章、11章、12章が対応している。
 
次が、この3つの作業をする上でどのような方法論を採用すべきかという問題である。
自分は、権利主体としての自己という視角から近現代社会を分析するという方法を取ることにした。
この方法は、テイラーが近代西欧社会を分析するために採用した方法論である。
テイラーによれば、西欧社会における「近代」は宇宙を究極的な目的(final causes)を持つ有意味な秩序をみなす考え方を拒否するところから出発している。
要するに、西欧社会において「近代」とは、宇宙は究極的な理想(Ideas)を具現化(ebody)するために存在し、発展するという想定を否定することと考えられていたのである。
しかし、テイラーは、この見方では、それらの問題を現代における中心的な課題として取り上げるための視角があいまいになってしまうと主張する。
それに代わる見方としてテイラーが提示するのが、近代をわれわれが「自己(self)」を理解する基本的なカテゴリーの革命と考える立場である。
この立場に基づくと、近代以前と近代以降の最大の相違は、近代的主体が自己規定的(self-defining)であるのに対して、近代以前の自己は宇宙的秩序との関係で自らを規定していた点に求められる。
つまり、テイラーは17世紀以降の「近代化」という現象を、近代的な自己観念への移行として把握することを提案しているのである
社会の変化を把握するために、その社会における自己観念の変容を取り上げるというのは、自分にはたいへん根源的な取り組み方であるように思われた。
 
ここでキーコンセプトとなったのが、Agencyという概念である。
Agencyとは、語源的に行為する者ないし行為する媒体という意味である。
このAgencyという言葉は、カント流の超越論的存在論に基づく「主体」概念に代わるものとして提示されたというのが定説である。
主体とは、英語のSubjectの和訳である。
要するに、前近代から近代、そして現代への社会的変化は前近代社会における臣民(subject)が近代社会において主体(Subject)となり、それが近代後期社会への移行に伴ってAgencyに変容していく過程として把握できるのではないかというのが、自分の当初の見込みだったのである。
 
そして、このテイラーの視角が実はメルロー・ポンティやハイデガーといった実存主義者の思想に基づくものであることが分かったのは、ずいぶんと後のことだった。
テイラーの『自己の諸源泉』という本は、いわば世界内存在としての自己はどのように歴史的に生成したかと記述した歴史現象学的作品なのであった。
そして、テイラーはこの見方を自らのヘーゲル研究を通じて確立したのである。
ちなみに、テイラーの博士論文のタイトルは「ヘーゲルから実存主義にいたる疎外の理論」である。
その意味で、ヘーゲル哲学はテイラーの思想の根幹を形成していると言えるのである。
まぁ、それにしても、ヘーゲルだけで十分に博士論文を書けるし、ハイデガー、メルロー・ポンティだって、それだけで十分に博士論文、というか一生分の研究の対象となり得る思想家である。
それをまとめて取り上げたというだけでも、思想家としてのテイラーの大きさが分かる。
残念ながら、テイラーの作品は『ヘーゲルと近代社会』『マルチカルチュラリズム』『<ほんもの>という倫理―近代とその不安』以外には邦訳されていない。
今回の博士論文で自分がもう一つ目指したのは、このテイラーの巨大な思想体系を何とか日本社会に過不足なく紹介したいということだった。
ただ、ヘーゲルとはハイデガーはそれ自体が巨大な思想家であり、今の自分の力量でこれらの大思想家の哲学に対するテイラー解釈の独自性を明示的に明らかにすることは不可能だった。
まぁ、その意気や良しというところです(^-^)。
 
こんな感じで4年半にわたって進めてきた自分の社会思想研究も一つの節目を迎えようとしている。
まぁ、ここまで来れたこと自体、本当に指導教官の古賀先生と古賀ゼミの皆さん、そして早稲田大学の先生方の御蔭である。
 
博士論文公聴会まで、あと3時間半となりました。
アタマも整理されたところで、いよいよ挑戦ですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
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