フーテンの寅さんと渥美清

昨晩、NHKのBSで寅さんシリーズの紹介番組を観た。

わたしは、これまでの人生行路がいささか起伏に富んでいたおかげで、時々「フーテンの寅さんみたい」と言われることもあって、寅さんにはとっても親近感がある。
でも、昨晩の番組を観ていて、寅さんを演じていた渥美清という役者さんについては何も知らないことに気が付いた。
 
Wikipediaによると渥美さんは、こんな経歴。
本名:田所 康雄(たどころ やすお)
1928310日に上野の車坂に生まれる。父は新聞記者、母は教員であった。
1934、上野の尋常小学校に入学。1936、一家で板橋区志村清水町に転居。それに伴い、志村第一尋常小学校へ転入。小学生時代は所謂欠食児童であったという。加えて、病弱でもあり小児腎臓炎小児関節炎膀胱カタル等の様々な病を患っていた。その為、学校は欠席がちで、3年次と4年次では長期病欠であった。欠席中は、日がな一日ラジオに耳を傾け徳川夢声や落語を聴いて過ごした。戦争の色濃くなる1940巣鴨中学校に入学。卒業後は工員として働きながら、一時期、担ぎ屋やテキ屋の手伝いもしていた(親友の谷幹一には、かつて自分は霊岸島桝屋一家に身を寄せていた、と語った事がある)。この幼少期に培った知識が後の「男はつらいよ」シリーズの寅次郎のスタイルを産むきっかけになったといえる。 その後、中央大学経済学部へ進学したが、船乗りになるため退学する。しかし、母親に猛反対されたため船乗りになる事を断念。知り合いの伝手を頼って旅回りの演劇一座に入り喜劇俳優の道を歩むことになった。

1954肺結核で右肺を摘出手術しサナトリウムで約2年間の療養生活を送る。このサナトリウムでの療養体験が後の人生観に多大な影響を与えたと言われている。また、復帰後すぐに今度は胃腸を患い中野の立正佼成会病院に1年近く入院する。

 

やがて、1968年にフジテレビで「フーテンの寅さん」が制作され、翌69年に松竹で映画化された。それから、1996年まで48作の寅さんシリーズが制作されることとなる。

1991年には癌が見つかり、1996年8月4日に肝臓癌で東京都文京区の順天堂大学で死去。 

俳優の渥美清さんもいろいろな経験した人だったわけですねぇ。

なんだか、ますます寅さんのファンになった。

 

 

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中