子どもの権利条約20周年に向けて

1989年11月20日、国連総会で「国連子どもの権利条約」が採択された。
だから、2008年は「子どもの権利条約」が採択されて20周年に当る。
しかも、1989年は平成元年でもある。
つまり、平成20年は「子どもの権利条約」採択20周年でもあるのだ。
 
元ノルウェイ子どもの権利オンブズパースンで、現在ユニセフのイノセンティ研究所の上席研究員をされているトロンド・ヴォーゲさんは、CRC(Convention on the Rights of the Child)の3つのPということを言っていた。
Provision
Protection
Participation
 
子どもを巡る世界では、生存と発達のための社会サーヴィスの提供(provision)に加えて、90年代以降、暴力からの子どもの保護(protection)と子どもの参加(participation)が大きな潮流になってきていると自分は理解している。
 
そして、その中でも「子ども参加」が中心的位置を占めている。
それは、子どもが権利の主体であるという「子どもの権利条約」の思想から来ている。
様々な社会サーヴィスの単なる受益者ではなくて、そういうサーヴィスに対する権利を持っていて、しかもその権利を実現する責任を自ら負っているというのが「権利の主体」ということである。
チャールズ・テイラーは、このことを「主体的権利とは、その所有者が(権利を)実現するために、それに基づいて行動すべき、そして行動することができる何かなのである」と書いている。
 
そして、「参加」とは他者との関係性の中における自己表現であり、近代的自己の本質的特徴とは独自の自己表現を通じて自己を自ら創造(規定)していく「自己規定的主体性」にあり、したがって、「表現」=「参加」=「自己規程性(自己の本質)」というのが、自分の権利主体論の核心である。
したがって、自由な表現を妨げるもの、自主的な参加を妨げるものは正しくないということになるのだ。
権利は価値中立的な正義の構想ではなくて、「近代」という社会を支える一つの正義の構想、価値の体系であるというのが、わたしの考えである。

ここから、イェーリングが主張したように、外国から敬意を払われ、国内的に安定した国となろうとするには、国民の権利感覚の育成こと最善の道であるという政策論も出てくる。

 

まぁ、この辺りはもっと詰めなければならない点、勉強してきちんとした表現にしなければならない部分なのだけど、大筋はこんなところですね。(^-^)/
 
「子どもの権利条約」採択20周年。
どんな年になっているでしょうね?
楽しみ、たのしみ。
 
 
 
 
 
 
 
 
広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中