エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』

昭和26年に初版が出た『自由からの逃走』。
昭和40年には新版になり、これが27版。
そして、わたしが購入したのが、平成15年の111版である。
 
物書きなら誰もが書いてみたいと夢見る不朽の名作の一つ。
 
フロムが原著を出版したのは1941年。
ナチズムがドイツを席捲していた。
フロムは、ナチズムが一部の人間による暴力を通じた大衆支配ではなく、当時の社会経済的状況によって引き起こされた広範な精神的危機に対する国民的規模での反応であることを明らかにした。
個人に安定感を与えていた社会制度が失われ、個人が無力感と孤独感に陥ったとき、ひとは自らの精神的自立を捨てて、外部の権力に自己を融合させることで、精神的安定を取り戻そうとする。
その方法が権威主義的ないし自動人形的生き方である。
 
しかし、フロムは一方で自立した個人による自発的な結びつきによってそのような無力感と孤独感から脱出するもう一つの選択肢があることをきちんと指摘している。
 
「近代人は、個人に安定をあたえると同時にかれを束縛していた前個人的社会の絆からは自由になったが、個人的自我の知的な、感情的な、また感覚的な諸能力の表現という積極的な意味における自由は、まだ獲得していない」
「自由は近代人に独立と合理性とをあたえたが、一方個人を孤独におとしいれ、そのため個人を不安な無力なものにした」
「かれ(近代人)は自由の重荷からのがれて新しい依存と従属を求めるか、あるいは人間の独自性と個性とにもとづいた積極的な自由の完全な実現に進むかの二者択一に迫られている」
 
広井良典さんは、現代日本の状況を次のように描写している。

<戦後の日本社会とはすなわち農村から都市への人口大移動の時代であったわけだが、都市に移った日本人は、独立した個人と個人がつながりを作っていくという都市的な関係性を築くよりも、むしろ「カイシャ」「核家族」という“都市の中のムラ社会”を作り上げていった」が、構造的な経済の低成長の中で「「自立した個人が互いにつながる」というような、従来のムラ社会的な共同体とは異なる関係性を、私たちはどのやってつくっていけるのか、という課題」に直面している>
 

わたしは、2004年秋に「日本の近代―未完のプロジェクト」という論文を書いた。
その中で、現代日本の状況を前近代性をひきずったまま、ポストモダンに突入したと表現した。
 
どんな社会にも、こういう時期があるものなのだろうなぁ。
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中