天下布権(^-^)

昨日は、大阪で社団法人子ども情報研究センターの子ども人権部会の読書会に参加した。
この部会では、私の『人権をひらく―チャールズ・テイラーとの対話』(藤原書店)を昨年春から取り上げてくれていて、昨日はその最終回だった。
自分の本を巡る報告とか議論なんてなかなか聴ける機会がないので、おもいきって大阪までやってきたという次第。
 
子ども人権部会のとりまとめをされている住友さんは以前、川西市の子どもの権利オンブズマン制度の調査研究員をされていたということで、何人も共通の知人がいることが分かった。
そして、参加者の皆さんも気さくで温かい感じの人たちばかりで、最初から楽しくリラックスした気持ちで読書会に臨むことができた。
 
今回は私の本の第三部が対象で、子どもはなぜ権利主体であり得るのか、表現の自由の侵害としての人身売買、そして現代日本の課題という3つの章をそれぞれ井上さん、松浦さん、そして住友さんが取り上げてくださった。
 
参加者の皆さんの質問に答えているうちに、自分もなぜ、こういう研究を始めたのか、を思い出した。
2001年12月にあった第二回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議で日本ユニセフ協会は日本国内のNGOの窓口を務めたのだけど、同じ子どもの権利の実現を目指す団体といっても活動分野や対象が異なればぜんぜん考え方は違って、そういう多様な人々の間に共通する言語を見つけたいとずっと思っていたこと。
ユニセフ国内委員会の広報担当官会議の議長として、いろいろな国のユニセフ国内委員会の人たちの意見をまとめなければいけないときに、みんなを説得できるだけの人権の関する知識、とくに原理的理解が必要だと痛感したこと。
 
初心に帰る、という言葉があるけれど、昨晩の勉強会は自分にとって自分の研究の原点を思い出させてくれた貴重な機会だった。
 
ということで、一晩明けて泊まっていたホテルから近くの大阪城に出かけたときの思いついたのが本日のタイトル。
ヒューマンライツとは、明治初期の日本では「権理通儀」と訳されていた。
利益を追求する権利ではなく、ことわり(理)を保障するのがヒューマンライツ(権理)であるという意味。
 
今の日本で、そしてもちろん世界で必要なのは、この「権理通儀」としてのヒューマンライツの思想を普及させることであると私は思っている。
 
ということで、天下布武ならぬ天下布権。
自分のライフワークですね。(^-^)/
 
 
 
 
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