戦後日本の忘れ物(^-^)

昨日、NPOこーらるたいとうというピアサポートを進めているNPOの季刊誌『ピアでいこう』第2号が届いた。

この季刊誌には、私も小文を寄稿させていただいた。
「戦後日本の忘れ物―当事者の思想としての自由民主主義」という大層なタイトルで、まぁ、思っていることを書きました(^^;)。

1.現代日本の課題:当事者意識の欠如

2001911日の米国同時多発テロ事件が私たちに教えたことは、国際的なテロリズムの脅威から安全な場所は今日の世界のどこにもないという事実です。しかし、日本では、この冷厳な現実に対する国民的な認識はたいへん薄いように思われます。

米国のブッシュ大統領が911の直後に、いわゆる「ならず者国家」に対する予防的先制攻撃をも容認する新たな国家方針を打ち出した背景には、世界中が平和を愛し、自由と民主主義を尊重する社会にならない限り、米国国民の安全も保障されないのだという、厳しい現実認識があります。

 一方、日本政府は200312月にイラクに対する自衛隊派遣を決定しましたが、国民の大半はこの決定を、対米関係を良好に保つため、より具体的には朝鮮人民民主主義共和国(北朝鮮)の脅威から日本を守ってもらうために、イラク戦争を遂行している米国への協力を行うことが必要という理由によって容認しました。

対米協力の一環として、自衛隊にイラクに行ってもらおうというのは、自分だけは安全な場所にいることが可能で、それ以外の地域の出来事は対岸の火事として高みの見物を決め込めるという考え方です。そこには、日本社会自体が、今や国際テロリズムの標的となり得るのだという厳しい現実認識は殆ど見られません。

この極めて近視眼的な、楽天的・実利的考え方からは、国際テロリズムが自由主義や民主主義、そしてその根底にある基本的人権の尊重という理念に対する重大な挑戦なのであるという認識は生まれません。

一方、最近の日本では、社会的な責任感、倫理観の欠如が声高に指摘され、愛国心や責任感の醸成が急務の課題であると様々な場面で主張されています。現代日本社会が公共的倫理意識を欠いた功利主義の社会に堕しているという危機感は広く共有されているように思われます。

自らが権利の主体であり、日本という国家の主権者なのであるという当事者意識を欠いた、この不思議な実利主義的傍観者意識は、どこから生まれたのでしょうか。

わたしの考えでは、その淵源は戦後10年間にあります。1945815日に無条件降伏した日本に対して、占領軍である米国は二度と再軍備を許さないという方針を当初は持っていました。それまでファシズム国家であった当時の日本に臨む方針としては、きわめて常識的なものです。その象徴が現行憲法第9条でした。この条文は素直に読めば、日本は今後いかなる武力も保有しないことを宣言したものと理解せざるを得ません。

しかし、東西冷戦の進行が、共産主義圏に対するブロックの一つとして日本を再編成する必要を生み出し、その再軍備を促しました。

問題は、1945年当時、戦前の軍国主義教育に染め抜かれていた多くの子どもたち、若者たちが、この二つの転換をどのように捉えたのか、ということです。終戦まで軍国主義教育を鼓舞していた教師たちが何事もなかったかのように民主主義教育を教え始めたことに対して、当時の子どもたちが不信感をいだいたという記録は様々なところに残されています。しかし、この変節自体は大きな問題ではありません。「お上」の権威を絶対視する戦前の教育を受けた教師たちが、新たな「お上」となった米国の方針に従順に従ったということは、そのこと自体は不思議なことではありません。より深刻な問題は、日本社会が成熟した自由民主主義社会に成長する時間が与えられる前に、新たな「お上」である米国の指示として、再軍備加が進められたことです。<ほんもの>の自由民主主義社会の理念が一般の人々に定着する前に、再軍備を迫られた日本は、戦前の絶対主義的イデオロギーに対する嫌悪感と相俟って、社会的倫理とか国家理念自体に対する不信感を抱いてしまったように思われます。民主主義とか自由主義も、結局は「お上」の押し付けるもので、自分たちのものではないし、「お上」のご都合でどのようにでも歪曲できるものなのだという理念そのものに対するニヒリズムと、その半面である近視眼的功利主義がその後の日本社会を主導する原理になってしまったのです。やがて、高度経済成長期を迎えた日本社会は、この「お上」依存の精神構造と理念に対するニヒリズムを温存しながら、経済至上主義にのめり込むことによって、経済復興と全国的な経済格差の解消をかなりの程度実現したわけです。

しかし、1989年の冷戦の終結は、戦後日本が享受してきた安定した国際社会の枠組を大きく変化させました。そして、911は米国といえども、国際テロリズムの脅威から完全には逃れられないこと、世界をテロリズムの危険から守るには世界中の自由主義社会が協力することが必要であることを明らかにしたのです。理念を問うことなく経済至上主義に生きてきた日本社会にとって、最も苦手な問題が浮上したわけです。日本が90年代以降、長期的な停滞から抜け出せないのは、国民の大半が未来に対する具体的なビジョンを持てず、前向きな気持ちや自信を取り戻せないためですが、その背景にはこれまで自分たちが拠っていた行動のパラダイムが機能しなくなったという根本的な問題があるとわたしは考えています。

日本は、戦後60年を経て、当時先送りにしてしまった国民的な課題に取り組むことを余儀なくされているのです。

 根本的な理念を持たず、近視眼的功利主義に基づいて行動する人々は、困難に直面すると、その原因を深く考えることなく、身近の人、組織を犯人に仕立て上げようとします。90年代以降続いている国会議員、大蔵省(当時)、外務省そして一部若手企業家に対する一連のバッシング事件は、このような国民精神の現れと考えることが出来ます。

 そして、現在最も深刻なバッシングが青少年に対するネガティブキャンペーンという形で進められています。

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