山田宗樹『天使の代理人』

『嫌われ松子の一生』の著者である山田さんが2004年に書き下ろした長編小説。
400字詰め原稿用紙で891枚という力作。
 
妊娠中絶という、現在の日本では表立って語られることが少ない、もう一つの殺人事件を「天使の代理人」という架空のボランティア組織を通じて、見事に浮き上がらせた作品である。
子どもは何時から権利の主体となるのか?という問いは、昔、ユニセフの中で質問したことがあった。
胎児には権利はあるのか、ないのか?という問いは、嘱託殺人(本人から頼まれて、当人を殺す行為)が何故犯罪なのか?という問いなどと共に、今でも論争が続く大問題である。
ユニセフでは、とりあえず出産した直後から、子どもとみなすという立場を取っている。
もちろん、この立場は、この問題を巡る複雑な政治的議論にユニセフが巻き込まれないためのプラクティカルな選択の結果である。
 
『天使の代理人』は、人はいつ生きる権利を持つ存在になるのか?という問題を、助産婦として後期妊娠中絶に関わってきた女性、キャリアウーマンを目指しながら突然職場を辞めて精子バンクを利用して出産を目指す女性、人違いで自分の胎児を中絶させられてしまった女性など、さまざまな人生を交錯させる中で明らかにしていく。
 
まぁ、自分も一応「物書き」なのだけど、こういう作品に出逢うと、本当に脱帽という気がする。
論理にだけ頼る学術論文の限界みたいなものが、よく分る。
ある問題を出来るだけ多くの人たちに分ってもらい、考えてもらうには、「書き方」が大切なのだ。
 
『天使の代理人』は、また、妊娠中絶を思いとどまらせるようとするボランティアたちが、インターネットを駆使して全国的なネットワークを作っていく様子がリアルに描かれていて、現在、NGO活動で行き詰まっている人たちにとっては、とっても参考になるだろうと思う。
インターネットは空間の限界を取っ払ったと言われるけれど、この本を読むと、それが実によく分る。
 
そして、ネット上の掲示板や携帯メールが新しいコミュニケーションツールとして、新しい対話の場をどんな風に切り拓いているのか、まるで映画でも観ているかのように分る。
もしかすると、山田さんという作家は、この本を書く時から、この小説が映画化されることをアタマのどこかに想定していたのかも知れない。
と言うよりは、最近の小説とかエッセイというのは、書き言葉の世界で自己完結するのではなくて、映像とか音とつながり始めているのかも知れない。
最近よく「メディアの融合」ということが言われるけれど、TVとインターネットが一体化するとか、そういうレベルとは別の、もっとパーソナルな次元で、メディアというものはマルチ化しているのだ。
小説家というのは、本当の意味でクリエイティブな人種だから、表現手段において今始まった革命というものを直感的に理解して利用するんだろうな、と思う。
 
そう言えば、以前、ネット上で書かれたあとに製本されたエッセイと最初から本の原稿として書かれたエッセイではスタイルが違うと感じたことがあった。
『天使の代理人』は、その意味では、新しいICT時代のマルチメディア作品でもある。
 
久しぶりに小説というメディアの力を実感させられた良書。
 
 
 
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