未来とは、自らの行為が自らの過去とともに決定するものである

Heidegger’s time is lived time, organized by a sense of the past as the source of a given situation, and the future as what my action must co-determine.
( Charles Taylor, Sources of the Self – The Making of the Modern identity, Harvard University Press, 1989, p.463 )
 
これはチャールズ・テイラーが、1989年に出版した主著の中の一節。
私の本『人権をひらく』(藤原書店)では91頁に出てくる。
もちろん、自分が一番好きなフレーズの一つ。(^-^)
 
テイラー哲学に関する最も優れた理解者、解説者、そして哲学者であるルース・アビィさんも、次のように書いている。
According to Taylor, when we interpret ourselves, we see ourselves as beings with a past that can be remembered, reconstructed, and re-interpreted just as we imaginatively project ourselves and our purposes into the future.
( Ruth Abbey, Charles Taylor, Cambridge University Press, 2004, p.5)
 
人は自らを解釈するとき、自らを、記憶され、作り変えられ、そして解釈し直され得る過去をもつ存在であると同時に、想像力をもって自らと自らの目標を未来に映し出すことができる存在として見ている。
 
人の過去は変えることが出来る。
そして、未来はその過去とともに自ら創り上げることが出来るのだ。
 
挑戦の時です。(^-^)/
 
 
 
広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中