信頼できない相手との議論は無意味である

昨年、ロナルド・ドゥオーキンという米国の法哲学、政治思想家が、"Is Democracy Possible Here ?"という本を出した。
ドゥオーキンは、1960年代以降の法哲学論争で主導的役割を果たしてきた思想家。
 
ドゥオーキンの新著は、哲学の専門家に向けて書かれたものではなく、現在の米国政府の政策を主導している実践家たちとその支持者たちを対象にしたものである。
この本の最後の言葉が"Argument is pointless without faith in those with whom you argue"。
 
ドゥオーキンは、現在の米国を二分している2つの政治潮流の間には思想的に共通項はないという通俗的批判に対して、それは単なる政治的プロパガンダであり、両者の間には議論を可能とする、共通の原理があると主張する。
 
その時にドゥオーキンが述べているのが、次の言葉。
"Democracy can be healthy with no serious political argument if there is nevertheless a broad consensus about what it is tobe done."
"It can be healthy even if there is no consensus if it does have a culture of argument."
"But it cannot remain healthy with deep and bitter divisions and no real argument, because it then becomes only a tyranny of numbers."
 
ドゥオーキンが、この啓蒙書で目指しているのは、現在の米国を二分する政治潮流が基本的な原理を共有していることを示した上で、それぞれの政党が、より根源的な議論を通じて、より整合的な政策を追求するようになることであるように思われる。
 
高い志と思想家らしい深い洞察に支えられた、素晴らしい啓蒙書。
 
 
 
 
 
 
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