合衆国憲法修正第一条 表現の自由

今日は、台風一過の晴天。
 
この連休は、ずっと世界大会に向けて「バーチャル戦争の時代の倫理」というお題の論文の作成に取り組んできた。
そのために読んでいる本の一つが、Mike Godwinの"CYBER RIGHTS"。
2003年にMIT出版から出ているので、秒針分歩と呼ばれる情報通信技術の世界の最新の動向まではフォローされていないのだけど、この種の問題に取り組む上で重要な視点が何かを学ぶ上ではたいへん有意義な内容の本だと思った。
 
要点は、サイバー社会ないしバーチャルな社会というものも、結局、一つのリアルな社会なのであって、そこでは、他の報道機関が認められているのと同じ表現の自由が認められなければならないということ。
 
今の日本では、バーチャル社会の影の部分だけが強調されて、政府による監視とか管理の重要性が強調される傾向があるように思うのだけど、Godwinさんは、それとは全く正反対で、人間というものは自由を与えられることによって、より素晴らしい存在に成長していけるのであり、中でも表現の自由はもっとも重要という立場。
要するに、管理は最小限が望ましく、それも自主規制がもっとも良いということである。
 
このGodwinさんが繰り返し引用しているのが、合衆国憲法修正第1条。
信教の自由、表現の自由を侵すような法律を政府は作成してはならないということを定めたこの第1条に対して、Godwinさんが寄せる信頼は、一種の宗教的熱情がこもっていて、こういう愛国心のかたちもあるのだと思わされる。
 
憲法が一人ひとりの心の拠り所になるような社会もあるんだなぁ。
 
 
 
 
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