暴力とは?

九月十五日に子どもに対する性的搾取を巡る国際的動向について話しをするということで、いま考えているのが暴力としての性的搾取ということ。

そもそも、暴力って何なんだろうというのが最初の問題意識。

直接的な身体的暴力はもちろん、社会的無視、ネグレクトだって立派な暴力だし、組織のなかのイジメもある。

ひとの心と身体を傷つける直接的な行為が暴力であるという森田ゆりさんの定義から少し外れるけれど、ひとを間接的、直接的に傷つけることが暴力だとしたらこの世の中、暴力だらけという気がしないでもない。

また、人間関係はいかなる関係でもある力の構造を持っているのは事実であって、その意味ではつねに暴力への可能性を有していると言えないこともない。

それでは、暴力を抑止する条件とは何だろうか?

井上達夫先生が主張するような反転可能性、ひとに起きることは自分にも起こる可能性があるという認識だろうか?

私の考えでは、暴力の抑止に必要なのは暴力を排除する自由である。
レイプから逃げる自由。
不法な侵略から自国を守る自由。
この自由が保証されていれば、暴力は被害を生まない。

以前、アメリカ留学から帰国した仲間が退出可能性のない社会に民主主義は成立しないのではないか、と発言したことがあって、私も何となく共感するところがあった。
彼女が言いたかったのは退出可能性のない社会では少数意見を発言する自由が保証されないということ。
しかし、退出可能性がない社会でも暴力を排除する自由が保証されていれば、少数派の人権が保証される社会は可能ではないか?

そして、暴力を排除する自由自体は様々な考え方によって正当なものとして承認することが可能である。

子どもの性的搾取からだいぶ離れてしまったけれど、まぁ、興味の尽きないテーマではある。o(^-^)o

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