堀米庸三『中世の光と影』

9月22日の経済社会学会での発表が終わり、6月からずっと取り組んできた「ユビキタス社会の社会像と人権」に関する研究も少しだけ見通しがきく見晴台に出たところで、こちらの研究は小休止。
 
今は、「現代社会と聖なるもの」というテーマに戻って基本的な作業を進めている。
このテーマは、チャールズ・テイラーの『ヘーゲル』を読んだところからスタートしている。
2005年の春、『人権をひらく―チャールズ・テイラーとの対話』を藤原書店から上梓したあと、読み始めたのが、テイラーが1979年に公刊した最初の大著『ヘーゲル』。
この頃の日記を読むと、全体で400頁のこの本について、「現在、OOO頁を通過中」という記述がある。
 
テイラーの『ヘーゲル』を読んで書いたのが、2005年秋に出た社学研論集に掲載した「現代日本のアポリア―チャールズ・テイラーの『ヘーゲル』を読む」である。
テイラーは、この『ヘーゲル』において、「近代」を脱宗教化のプロセスではなくて、主体的自己の誕生のプロセスとして捉えるという近代史観を提示した。
10年後にテイラーが公刊した『自己の諸源泉』はこの史観を思想史として具体化したものである。
 
しかし、この二番目の大著に残された課題があった。
テイラーは、近代的個人が直面する精神的危機、実存的危機を克服する道はユダヤ・キリスト教の伝統の中にあると述べて、『自己の諸源泉』を終えたが、一方で明らかに脱宗教化の時代である「現代」において、西欧近代社会にはどのような宗教的な慰謝ないし救いが存在し続けることが出来るのか?という問いである。
 
テイラーは、この9月に公刊された3番目の大著『世俗の時代(A Secular Age)』で、この残された課題の解明に取り組んでいる。
ちなみに、この本。800頁近い、大著である。
テイラーは1931年生まれなので、今年、すでに76歳のはず。
76歳で、40代、50代に自分が出版した本で明らかになった課題に回答を与えるべく、当時の自作の2倍にあたる新著を公刊するというのは、たいへんなエネルギーである。
 
それはともかく、このテイラーの近代史観に対して、新しい批判の視座を与えてくれるのが堀米庸三先生の『中世の光と影』。
堀米先生は、もちろん、西欧中世史の大家で、私が1980年代の初めに東北大学文学部の史学科で西洋史専攻なるところに所属していたとき、よく聞いた名前である。
もっとも、当時の自分は浅学非才どころか、全くの無知だったから、堀米先生がどれだけ偉い人で、その学説がどのようなものなのか、全然わかっていなかった。
 
これは、早稲田大学の博士後期課程に入学してから分かったのだけど、ほんとうに勉強されている方は実に謙虚である。
自分の知らないことがどれだけ多いか、よく分かっておられるからだと思う。
逆に、自分の研究を始めたばかりの人間ほど、身の程を弁えない壮大な夢をいだいて、変な論文もどきを書いたり、発言して周囲に迷惑をかかるものなのだ。
もちろん、これは早稲田大学の博士後期課程の5年間の自分のことである。(^^;)
今でも、この浅はかさはそれほど変わっていない。
ただ、少しだけ勉強したので、自分の学識が如何に限られものかは、時々反省できるようになったことが進歩といえば進歩である。
でも、もちろん、大半の時期は壮大な夢を見続けているわけで、まぁ、シアワセな人生といえば言えなくこともない。
 
それはともかく、何故、20数年を経て堀米先生に辿り着いたか、というと、阿部善雄『最後の「日本人」』を読んだおかげである。
この本は、戦前、比較法制史の専門家としてエール大学教授を永く務めた朝河寛一先生の生涯を描いた名作なのだけど、この朝河先生が日本の封建制度と西欧の中世封建制度を比較した名著を戦後の日本で紹介したのが堀米庸三先生だったのだ。
一流は一流を知るという言葉がそのまま当てはまる、このつながり。
 
まぁ、自分のような者がこれから20年真剣に勉強しても追いつくことはなかなか難しいだろうけれども、志だけは高くもって勉強を続けよう。
 
学問の秋である。
 
 
 
 
 
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