山本七平『日本型リーダーの条件』

封建制度のことを勉強しているうちに、なぜか山本七平さんの本に辿り着いた。
 
堀米庸三先生によると、封建制度とは本来自由な個人の間の契約である。
絶対的な専制制度が綻び、小農民から地主、大領主に至るまで、自らの所領を安堵するために、より力を持つ者に忠誠を誓うことによって自らの生命と財産の保護を得るという双務契約が社会全体に支配的になった制度が封建制であり、その意味では絶対的権力者が官僚制度を用いて、一定の領域をくまなく支配するという古代の専制国家とは全く異なった社会制度なのだそうだ。
 
E・O・ライシャワー先生(元駐日米国大使)の『日本近代の新しい見方』も、封建制度というものは、古代の専制制度や近世の絶対王政とは全く異なった政治・社会制度であることを強調されている。
 
この意味での封建制は日本では鎌倉時代から戦国時代まで存在していたとされ、江戸時代のシステムは既に高度に中央集権的であったという意味で、本来の封建制度とは呼べないのだそうだ。
 
山本七平さんの『日本型リーダーの条件』は、日本に封建制度が確立した鎌倉時代の法律であった「貞永式目」が如何にその後の日本社会の組織のあり方、個人の意識の型を規定したか、を分かり易く解説した本である。
 
私の見方によれば、現在の日本社会で進んでいる構造改革と呼ばれる一連の制度改革は、明治時代に導入された西欧の大陸法的伝統に基づく中央集権国家制度から、明治以前の日本社会が培ってきた分権的あり方への回帰である。
もちろん、基本的人権の尊重を基礎とする近代民主主義という理念は、明治期以前の日本社会から直線的に発達したものではない。
この近代社会という社会システムが成立するために必要な社会像(social imaginaries)としての人権理念や国民主権という考え方は、江戸末期から明治維新にかけての近代西欧社会による衝撃、そして戦後の米国による占領統治無くして日本社会に受入れ、定着することはなかったであろう。
しかし、このことは、日本社会には近代民主主義システム&理念を受け入れる土壌がなかったという意味ではない。
逆に、いかなる外来の文化、制度も、受け入れる側に対応する要素がなければ定着することはない。
その意味で、現代日本の自由民主主義の基盤(土壌)として、日本における封建制度の体験・歴史を見ること自体は誤りではない。
ブッシュ大統領は、戦後の米国による占領統治なくして、日本が民主主義国家に生まれ変わることはなかったと発言したそうだけど、ライシャワー元駐日大使の本を読むと、米国の知識人は日本の近代というものを、はるかに深く、そしてきちんと理解していることが分かる。
 
それはともかく、山本さんの『日本型リーダーの条件』。
封建制度の下にあった日本社会が、如何に能力重視の自由社会であったかをたいへん説得的に描写している。
日本では、血縁よりも地縁よりも能力が重視されたという山本さんの歴史観がどこまで正しいのか、私には判断しかねるのだけど、少なくとも戦前の日本の「家」制度が明治期以降無理矢理導入された人工的なものであったことだけは、間違いない。
 
また、日本では江戸時代までに「非宗教的秩序の世界観」と「勤労を絶対化する哲学」が一般の人々に浸透していたという指摘は、西欧の宗教改革との比較という観点からも、たいへん興味深い。
 
面白いものですねぇ。
 
 
 
 
 
 
 
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