レーオポルト・フォン・ランケ『世界史の流れ』

わたしは、文学部の史学科西洋史専攻の卒業生である。
 
学部時代はほとんど勉強もせず、歴史学の方法論も身に付かないまま卒業した、本当に不心得な学生だったのだけど、それから20数年を経て、今振り返ると、今なんとなく自分が身近に感じている社会史の手法とかアナール学派というのは、当時、西洋史の先生たちが説明をしてくださっていたことを思い出した。
私の拙い理解では、一般大衆の日常生活とか読み物を通じて当時の社会状況を政治やマクロ経済とは違った視点で描き出そうという社会史の行き方に対して、東北大学の先生たちは歴史を動かす原動力としての思想とか経済的要素を再定置しようとしていたように思う。
 
自分が修士論文で戦前の日本の経済史を取り上げて、その研究の中で経済的要因だけでは当時の日本がファシズムに傾斜していったことが完全に説明できないという問題意識から博士後期課程では社会思想の研究に転じたのも、考えてみると東北大学時代に門前の小僧のような感じで歴史学のイロハを吸収していたせいかも知れない。
まぁ、大学時代の勉強って大事なのかもねぇ。
 
それはともかく、『世界氏の流れ』。
原語(ドイツ度)ではUber die Epochen der neueren Geschichite.
直訳すると、『近世史の諸時代について』となる。
中身は、ローマ時代から19世紀までの取り扱った西洋史概説である。
このランケという人。
 
近代歴史学の祖と呼ばれている人なのだけど、学部時代の自分は本当に不勉強で、たぶん一度も読んだことがなかった。
今回、チャールズ・テイラーの『ある世俗の時代』を読むための参考に西洋史の本をいろいろと読んでいるうちに、このランケの本にも辿り着き、少しずつ通勤途中の電車で読んでいただのけど、今朝、ゆっくりと全体を読み通して、なるほどととっても為になった。
 
思い出してみると、学部時代の自分は定性的な歴史記述があいまいな気がしてとっても嫌いだった。
それで、その頃は理論経済学を利用した計量経済史、当時の言葉でいうニューエコノミックヒストリーというものをやろうと思っていた。
その後、外務省に入っても経済分野に興味があったのは、その辺りに出発点がある。
そして、ユニセフの仕事を始めたあとも、経済学と社会学の接点みたいな課題として児童労働という問題に関心を持ち、たままたユニセフの仕事を始めたのが児童労働をテーマとする世界子ども白書が出た年だったこともあって、児童労働の一つとしての性的搾取という問題に取り組むようになったのだ。
 
ただ、「近代」というものにはずっと関心を抱きつづけて来た気がする。
そして、個別の事象を超えた、その時代を貫いている指導的理念・思想とは何か?ということも常に意識の中にあった。
 
まぁ、社会科学者としての自分はまだまだ駆け出しなのだけど、これからの10年。
これまで不勉強だった分も取り返す積りで一生懸命勉強しよう。
 
 
 
 
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