「権利の主体」としての子ども

昨日は、シンポジウムが終わった後、すぐに夕食会があった。
美味しい中国料理をいただいたあと、ホテルに戻って、そのままベッドへ(^-^)。
 
ぐっすり寝て起きたら、やっと昨日のシンポジウムを振り返る余裕が出てきた。
 
シンポジウムのテーマは「子どもの人権侵害と社会参加の支援」ということだった。
 
子どもは権利の主体であるということの意味。
このことをぜひ、伝えたいと思っていた。
人間というのは社会的存在なので、必ず「きまり」というものがある。
「道徳」と呼ばれたり、「規範」「倫理」と言われるものである。
その中で強制力、特に国家による強制力を持つものが「法」になる。
その意味では、ひとというのは「くに」というものが出来てから、常に何からの「法」の下にあったのだ。
 
「主体的権利」という考え方は、これとは異なった思想である。
「主体的権利」の思想は、ひとを権利を実現する主体とみなす思想なのだ。
だから、当然のことながら、自由ということが重要になる。
そして、「自由」とは「自らが選択し、その結果に責任を持つ」ということだから、「主体的権利」を持つ者は誰もが自分の人生の主役でなければならない。
 
「あなたが主役」ということ。
 
「子どもの権利条約」は、子どもは親や社会に従属するものという従来の見方に対して、子どもも「権利の主体」であると考える「子ども観の革命」を体現するものなのだ。
このことを昨日は伝えたいと思った。
 
伝わったかなぁ。(^-^)/
 
 
 
 
 
 
 
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