日本の近代―未完のプロジェクト

「近代」というものを意識するようになったのは、やはり東北大学文学部に入って、史学科に進んだあとだと思う。
自分は本当に不勉強な学生だったのだけど、「近代」という現象を精神史的に把握しようという姿勢にはたいへん興味を覚えた記憶がある。
まぁ、具合的な名前を挙げればマックス・ウェーバーとかトレルチ、もっと遡ればランケのような学風に素朴に感心したわけだけど、当時は実社会に出ることだけを考えていたので、研究一筋の生き方など考えもしなかった。
 
その後、ずっと国際畑の仕事をしてきたのだけど、近代というものがどういう現象で、日本の「近代」というものにはどういう特徴があるのか、という興味は常に持ち続けてきたように思う。
 
早稲田大学大学院で社会思想の研究を始めたとき、チャールズ・テイラーという思想家に興味を持ったのも、テイラーが精神史的な学風を持っている点に無意識のうちに魅かれたのだということが、あとで分かった。
 
自分も社会人として現役で活動できるのは、あと10年。
実務家&学者としてどこまで行けるか、分からないけど、自分が始めた研究だけは途中で投げ出すことなく、最後までやり遂げよう。
 
2004年の夏に『日本の近代―未完のプロジェクト』という論文を書いた。
もちろん、タイトルはハーバーマスの有名な論文のぱくりなのだけど、自分にとって、「日本の近代」というのは、常に中心的な問題意識であり続けるような気がする。
その意味では、自分の研究自体が「未完のプロジェクト」であることは間違いがない。
 
前進の時です。
 
 
 
 
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