近代という時代

ジグムント・バウマンという社会学者がリキッドモダニティという言葉を発明して以来、この言葉は社会学の世界では盛んに使われている。
まぁ、流動化する社会みたいな意味である。
なかなか的を射た表現である。
現在の日本はあらゆる意味で「近代社会」であって、情報化社会になろうと、グローバル化が進もうと技術と制度という面から見た社会の近代性というものは変わらない。
ただ、グローバル化のインパクトは物凄いし、情報通信技術の進化は巨大な変化を私達の日常生活にもたらしている。
その点を流動化する社会と表現したのは素晴らしい。
私にとって、学問とは時代の精神を言語化する営みであり、現代社会が如何に過去にその多くを負っているかを明らかにする営みのことである。
「流動化する日本社会」が何処からやって来て、何処へ向おうとしているのか?
興味の尽きないテーマですね。

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