日本の市民社会の行方

洞爺湖サミットが終わり、市民系メディアでも総括記事が掲載され始めている。
Good News JapanはG8NGOフォーラムの活動に基本的に好意的。
NGOフォーラムが開いた市民社会という“トビラ”は、一筋の希望の光だと思いました。これまでの経験を一度に放つように、矢継ぎ早に次々と行われる記者会見。専門性の高さ、語学力、コミュニケーションの円滑さ……どれをとっても、日本の市民社会の成果が結実した印象を与えるには十分過ぎるものでした。2000年の沖縄サミットでもNGOは活躍しましたが、今回は国際メディアセンターに常駐し、タイムリーな情報発信が行われました。まだまだマスメディアでの認知度は、NGOの活動の多様性が十分認知されないなど、中途半端なものですが、今後に引き継がれる雛型はできあがったといえるでしょう。しかしながら、課題が大きいことも事実。下から社会を変えるという方法論が“死んだ”といわれる今日、NGOフォーラムも含めて、日本社会にはいまだ(あるいは世界の市民社会にも)独自の方法論が育ってきていません。特定非営利活動法が制定されると、NPOが行政と協働する事例が増えましたが、すぐに、行政依存型NPOが半数以上を占めることが指摘されるなど問題の方がいまや活動にとっては大きい状態です。今回の経験が広く共有され、NGOフォーラムが開いた“トビラ”の向こう側が豊かになっていくことを期待します。
(グッドニュースの視点、2008年7月14日付)
 
もっとも、G8NGOフォーラムのあり方自体を批判する人たちもいた。
①そこでは当初から、サミットそのものの批判や反対「ではなく」、「開かれた」「ゆるやかな」市民による「提言活動」のレールが敷かれていました。
②したがって当初から、サミットに対する「批判や反対」を抑制・無視ないしは排除するかたちで市民運動の主流が進行したように見受けられます。
③その結果、圧倒的多数の市民にとっては、国や道・札幌市・企業・北大などの協賛・賛同サミットと同様、市民運動も「一緒に(共に)」やっているという印象を与えたことは否めません。
④こうして逆に、サミットを「批判し反対する」人々は極少数派に追いやられ、「過激派・テロリスト」であるかのような印象を増幅させてしまったと思います。
⑤こういう雰囲気が醸成され、多くの市民の中に「批判・反対」への敬遠・無視・抑制から映画『靖国』にみられるような「自粛」までが各所にみられたことも確かです。
⑥国・道・市・企業・教育機関による「賛同・協賛」の大きなうねりをつくりあげた権力側は、当初から警察権力を全面に出して「批判・反対」を抑圧・圧殺しようとしました。
⑦サミットを持ち上げるメディアの煽りも大きい役割を果しました。サミットの歴史を批判的にみるような記事はほとんどありません。
⑧当初から「批判・反対」を封印したこれらのキャンペーンの主なねらいは、G8サミットがあたかも正当な会議であり期待されるべき、という印象付けです。これに、「提言」を主とする市民運動の主流も呑み込まれ共犯関係をつくっていたことになると、私は思います。
⑨サミットの歴史的な不当性は明らかで、邪悪な世界支配の野望にもとずく8カ国首脳に批判も反対もなしに「提言(アドボカシー)」するということは、彼らの本質である不当性の隠蔽・ボカシ以外のなにものでもないと、私は考えます。
⑩したがって、当初から「批判や反対」を封印・抑制・排除してきた市民運動は、きびしく反省すべきと思います。
 
私自身は、日本の市民運動というものがこの10年間に大きく変容してきているのではないかという気がした。
1989年以前は、東西冷戦という大きな枠組の中で、日本は与党3分の2、野党3分の1という勢力図が安定的に維持され、その中で日本政府(自民党)は米国からの軍事面も含めた応分の負担をして欲しいという要求を国内の左傾化を促進するという理由で巧みにかわしつつ、経済成長至上主義に邁進していたわけだけど、その結果、独立した主権国家として国際社会でどのように生きるのかというビジョンを考える力を与野党ともに失ってしまっていたと思う。
こうして、外部から国のかたちを決められ、与えられた枠組みの中で「私的欲望の塊」となった日本社会では、市民の努力によって社会を変えれるという希望は当然持てなかったので、そういう中で日本社会では何かとっても古い制度、考え方が時代遅れになったにもかかわらず生き残ってしまったのだという気がする。
冷戦の終結は、日本にとっては、そういう古い考え方が時代遅れになったことを気付かせる、ある意味で新たな開国の機会となったのであり、その中で「当たり前の自由民主主義国」として政府から自立した市民社会(公共圏)が必要となっているのだけど、この「市民社会」というものは、日本の多くのふつうの人たちが「市民社会」という言葉で心の中に思い浮かべる「反政府」「反権力」の砦というものではないだろうと思う。
 
まぁ、単純に言えば、冷戦下での日本社会で存在できた観念的な左翼、右翼思想が通用しなくなって、ある意味、それぞれが「中道化」「現実化」してきているということだと思う。
そういう普段着の市民社会が、どんなものとなるのか、はまだ分からない。
チャールズ・テイラーが常に言っているように、「近代」とは多様な現象であり、多くの異なった「近代」への道筋と、多くの異なった「近代」社会が存在するのだ。
 
日本の「近代」はどのような姿を現わすのだろうか?
60年にわたって凍結されていた日本の「近代」が動き始めている。
 
想像するだけでもワクワクしますね。
 
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