安岡正篤『人生、道を求め 徳を愛する生き方(日本精神通義)』

安岡先生は、もちろん、戦前戦後を通じて、日本の指導者に大きな影響を与えた東洋学者。
この本は、安岡先生が昭和11年に執筆されたもの。
「古来、日本に困ったことは、国学者は漢学者を排斥し、キリスト教をまた神道を排斥し、というふうに始終排斥し合っている。特に異民族の文化に反感を持つ。いわゆる日本主義者、日本精神論者が(今日なお未だありがちだが)何ぞといえば相排斥することをもって能事としている」
「今日、憂うべきことの一つの題字は、心なき人々が、妄りに日本主義、王道、皇道を振り回して、他国に驕ることであります。これは決して日本精神、皇道を世界に光被するゆえんではない」
90年代後半から日本でも、排外的な民族主義が跋扈し、特に9・11以降、このナショナリスティックな心情は、不思議なことに人権と民主主義を世界に広めることを国家的使命として掲げる米国に全面的に追随するという形で、日本の社会を押し流す大きな潮流となった。
ところが、不思議なのは、米国の対外政策に全面的に追従する一方で、米国政府が一生懸命世界に普及させようとしている人権については、日本ではたいへんなバックラッシュの嵐が巻き起こり、子どもの権利の普及活動に携わっている人等は非常に厳しい事態に追い込まれたという「ねじれ」現象が起きたことである。
 
国際政治学者の永井陽之助は、1985年に出版した『現代と戦略』(文芸春秋社)の中で、日本には(A)政治的リアリスト:福祉よりも軍事を優先させるために安保体制を選択する立場で吉田茂元首相など、(B)軍事的リアリスト:日米安保は重視するが、同時に自衛隊の強化も自前で図るべきと主張する立場で、中曽根元首相など、(C)日本的ゴーリスト:国家の自立を優先し、あくまでも自力で日本の安全保障を確保しようとする立場、(D)非武装中立論者:福祉と安全を同時に追求する立場で、80年代までの社会党路線、という4つの立場の人間が存在していると分類している。
永井によれば、米国は80年代を通じて日本におけるAの立場を批判し、Bの力が高まることを期待してきたが、一方でB派の中には隠れC派が少なくないことを認識しており、このC派が拡大することを最も恐れていたという。
 
結局、日本が米国の対外政策に追従したのは、そのミリタリスティックな「強者」の姿勢に惹かれたからであって、その理念(人権と民主主義)に共鳴したからではないということになるのだろう。
米国から見れば、日本がどうしても完全には信頼できないというのはとってもよく分かる。
 
それは、ともなく、安岡先生のお話は続く。
「従来、日本の教育には、教育者、被教育者を通じて、日本人をして感激せしめるような、目的がない。立派な人物になろう、国家人類のために奉公させようというようなことは考えられない」
「今やただ形容、筋骨、馬の毛色や牝牡によって先生が採用される。すなわち、あれは中等教育の免状を持っているとか、あれは何学校出身であるとか、資格免状によって、あるいは多少の情実因縁によって採用されて、その人物がいかなる人物なりや、教育者としていかなる適材なりや、というようなことは、あまり論ぜられない」
戦前の教育は良かったとか、教育勅語を復活させるべきだと言っている人たちには、安岡先生のこの本を読ませるべきでしょうね。
 
日本が現在直面している問題は、戦後民主主義教育のせいとか、教育基本法のせいという以上に、はるかに根が深いものなのだと私は思っている。
そして、その課題は、愛国心教育などという小手先の手段では解決できないであろう。
 
 
 
 
 
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