来年度の東洋大学大学院の講義シラバス

第3回子どもと青少年の性的搾取に反対する世界会議も終わって一息ついたところで、東洋大学大学院での来年度の講義のシラバス作りを始めた。
 
この講義も、来年度で5年目。
年々、思想的要素が増えてきたのは、思想分野での自分の勉強が進んできたせいでもあるのだけど、受講者の社会人の皆さんの志向がより根源的になってきているせいでもあるように思う。
講義を始めたばかりの時は、もちろんユニセフ時代の経験とか素材を使って話をしていたのだけど、すぐに海外の目新しいお話しというレベルには自分自身、満足できなくなり、人権という思想が生れた歴史的背景とか思想としての人権の限界とか課題に取り組むようになった。
同時に、日本の社会がいろいろな意味で行き詰まってきたことが誰に目にも明らかになり、受講者の皆さんも、根本的に自分の人生を考える素材を求める気持ちが年々強くなってきて、それに応えようという気持ちが自分の中に育っていったという側面もあるようだ。
 
昨年度の講義では、G8サミットNGOフォーラムでの活動の経験を踏まえた環境と人権のお話を新たに盛り込んだ。
それに加えて、自分が書き溜めてきた論文の問題意識をベースに講義を組み立てていった。
 
来年度の講義では、子どもの権利の世界にもう一度戻ってみる積りである。
子どもの権利条約20周年。
子どもの権利を通じて人権という思想を考えるようになった自分にとっては大きな節目の年だし、自分なりに、何らかの貢献をしたいと考えている。
 
また、チャールズ・テイラー博士の『ある世俗の時代』を昨年秋から読み始めて、自分のささやかなテイラー思想の研究もこれまでとは随分と色合いが変わってきた気がする。
テイラー博士は、80年代のリベラル・コミュニタリアン論争、90年代の多文化主義の議論を主導した政治思想家として知られているわけだけど、21世紀に入って、より根源的なスピリチュアルな課題、宗教的課題に正面から取り組むようになっている。
山脇先生は、『ある世俗の時代』を社会思想史研究と紹介しておられるのだけど、確かに、この本を通じて展開されていることを政治思想の範疇にあると考えるのは難しい。
もっとも、そもそも、テイラー博士の思想をきちんと理解するだけでも、まだ数年はかかりそうなのだ。
西欧思想史のエッセンスをきちんと理解することが、いわゆる近代科学の思考方法をきちんと身に付ける最善の方法であることは事実で、特に最近は計量的な学問が主流を占めてきているなかで、西欧近代科学が本来持っている理性的な事実把握の意味をきちんと理解することは、自分の学問をきちんと発展させる土台になることは間違いがない。
 
77歳になって新しい著作に取り組んでおられるテイラー博士のようなレベルにはとても及ばないのだけど、せっかくテイラー博士に直接インタビューするチャンスまで与えていただいたのだから、自分も精一杯勉強を続けて、自分なりの学問の完成を目指して精進していこうと思う。
 
一筋に学問に打ち込むときです。
 
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