義理と人情

私は、日本社会に人権という価値体系が定着するためには何が必要か?という観点から、ずっと思想の勉強を続けてきた。
 
その関連で、ずっと考えいるのは、ヒューマンライツという言葉が日本にはじめて紹介されたとき、日本にはヒューマンライツに対応する概念、言葉はなかったんだろうか?という疑問。
例えば、福沢諭吉は『学問のすすめ』の中で、ヒューマンライツを「権理通義」と訳している。
それが、戦後、「権利」という言葉に誤ってすり替わってしまったのが、ヒューマンライツという言葉が日本社会にきちんと受け入れられなかった、かなり大きな理由である。
もちろん、「利」と「義」では全然意味が違う。
 
そう言えば、今年のHNK大河ドラマの主役である直江兼続も、当時広まっていた「利」の理念を嫌って、愛と義を掲げていたのだそうだ。
 
この「義」と言う言葉。
もちろん、中国の儒教から来ていて、朱子学を通じて江戸時代の日本社会に広まったといわれている。
ところが、江戸自体に中国風の「義」の解釈は廃れ、日本流の「義」解釈が誕生したという説があるそうだ。
この学説の提唱者は日本思想史研究者として有名な源了圓先生。
このあたりの経緯を松岡正剛先生が書いている。
 
面白い話ですね。
「義」は、もちろん、原義的には「物事の道理」とか「正義」のことで、西欧社会におけるライツの原義と同じである。
 
そうして調べてみると、さらに面白い話がある。
「義理」とは主体的な理念らしい。
 
面白いですねぇ。
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