中谷巌『資本主義はなぜ自壊したか』

かつて、細川政権の「経済改革研究会」、小渕政権の「経済戦略会議」で構造改革、規制撤廃の必要性を訴えた経済学者の中谷巌先生が、昨年12月に自分の主張の誤りを認めて懺悔するために書いたと言われているのが、この本。
数日前のTV番組の解説によると、6万部を超えるベストセラーになっているとのこと。
日本社会の行き詰まりを誰もが実感している昨今、こういう本が人気を集めるのはよく分かる。
 
しかし、私には、中谷先生の提案する解決策が、かつての中谷先生の立場からどの程度隔たっているのか、よく分からなかった。
中谷先生は、郵政民営化によって、郵便貯金や簡易保険で集められた資金が自動的に財政投融資になって不要不急の公共事業に流れる仕組みにくさびが打ち込まれたことは大きな成果であったと書いている。
さらに、地方の活性化への障害の多くは地方に根強く残っている既得権の構造に求められるという認識は依然堅持されているようである。
中央省庁を大幅に縮小し、地方に自主的権限を持たせる必要があるという主張も変わっていない。
 
「改革なくして成長なし」というのは依然事実であり、そもそも市場というのは公的ルールに基づいてはじめて成立しているわけで、そのルールはかつては政府が決めていた。
しかし、経済がグローバル化した一方で、世界的な市場のルールを決める政治的主体が不在であったため、市場経済原理が無制限に貫徹されてしまったことが現在の世界同時不況を生み出したのである。
このことは、マイケル・イグナティエフが10年以上前に指摘している。
日本の社会でも経済格差が拡大した、というよりは、全体的に貧困化が進んだというのが正しいわけだけど、これはもちろん、日本政府だけの責任ではない。
 
私の理解では、中谷先生は、米国流の市場経済を理想のモデルとして日本に導入しようとしていた自分の未熟さを自己批判されているのだと思う。
しかし、国民の活力を生み出すために一層の規制緩和が必要であることは明らかである。
個人の創意工夫がより自由に生かせる社会になるために不要な規制を撤廃することと、金融市場の自由化をどこまで進めるか、あるいはどのようなセーフティネットを構想するかは、完全に両立し得る議論だと私には思える。
いずれも、市場メカニズムをどのように設計するかという範疇の話である。
 
ただ、中谷先生の本からはっきり伝わってくる明確なメッセージは、これまでのように米国に盲従していてはいけないという意識である。
しかし、これも実は当の米国から繰り返し日本に対して送られてきていたメッセージだったという気が私にはする。
何時までも、米国に依存するのではなく、独立国として応分の国際貢献をし、国際的にフェアなルールで経済成長を目指せというのは、70年代から、あるいはその昔から繰り返し、歴代の米国政府が日本に伝えてきたメッセージではなかったか。
国際政治学者の永井陽之助は、1966年当時、既に「日本人の対米依存は、ほとんど無意識の状態にまで達していて」最終的に米国は日本を見捨てないという安心感のうちにアグラをかいていると批判している(『平和の代償』中央公論社)。
 
2009年。日本がおとなになる年でしょうか?
 
 
 
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