ヘレン・ミアーズ『アメリカの鏡・日本』(角川書店、2005年)

当時の南満州鉄道の沿線で日中両軍が衝突して、満州事変が勃発したのが1931年9月18日。
日本が国際連盟を脱退したのが1933年2月24日。
その間、1932年5月15日には海軍青年将校が犬養毅首相を暗殺している(5・15事件)。
 
日本は、なぜ、第二次世界大戦に突入してしまったんだろう?
これは、学生時代から何度となく、私のアタマに浮かんだ疑問です。
 
<パールハーバーはアメリカ合衆国の征服を企んで仕掛けられた「一方的攻撃」であるというが、この論理では日本を公正に罰することはできない。なぜなら、私たちの公式記録が、パールハーバーはアメリカが日本に仕掛けた経済戦争への反撃だったという事実を明らかにしているからだ。パールハーバーは青天の霹靂ではなく、然るべき原因があって起きたのだ。原因は1941年7月25日にアメリカ、イギリス、オランダが打ちだした「凍結」令である。三国は自国領内にある日本の全資産を凍結し、貿易、金融関係をすべて断絶した。日本は輸入必需品の80パーセントを「凍結」地域に頼っていたから、三国の行動は日中戦争の泥沼化だけでなく、国内経済の窒息を意味するものだった。>
(『アメリカの鏡・日本』87頁)
 
ヘレン・ミアーズは、1946年2月よりGHQ労働局諮問委員会の11名のメンバーの一人として、日本の労働組合法等、労働法の策定に参加。
帰国後、極東軍事裁判の判決が下された1948年に出版したのが、この本。
同じ年に、原百代さんが、日本での翻訳出版の許可をGHQに申請。
マッカーサーは、「私はいかなる形の検閲や表現の自由の制限も憎んでいるから、自分でこの本を精読してが、本書はプロパガンダであり、公共の安全を脅かすものであって、占領国日本における同著の出版は、絶対に正当化しえない」との理由を付して、この申請を却下。
1953年、占領の終了とともに、やっと日の目を見たという作品。
 
ただし、この本は単なる日本擁護の書ではありません。
<ペリー以後の近代日本が、侵略的であり、拡張主義的であったことは確かだ。>(同215頁)
<いまになってみれば、日本が韓国を「奴隷化した」ことは明らかだ。>
という記述からも、それは窺うことができます。
 
ミアーズがこの本で目指したのは、近代化以降の日本が侵略的となったのは、当時の西欧諸国の対外政策とその根底にある時代の精神によるものであることを明らかにすることだったと思います。
 
私がずっと勉強したきたチャールズ・テイラー博士は、自分は西欧近代を生み出した啓蒙思想のすべてを否定しているのではなく、その中にある、「近代」という制度そのものを破壊してしまうと思われる要素を修正することであると話されていた。
その問題意識は、ミアーズがこの本を書いた動機と通底するものがあると私には思われる。
 
日本の「近代」に残された課題は何で、日本の私たちがすべきことは何なのか、考える上では最良の作品の一つだと思いました。
 
 
 
 
 
 
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