J・M・ケインズ『雇用、利子および貨幣の一般理論』

今年は宮城県の尚絅学院大学で「グローバル・エコノミー論」という大層なお題で、集中講義をすることになっている。
 
そのための準備もあって、今年初めから久しぶりに経済学の本を読み直している。
最初は、スーザン・ストレンジの『マッド・マネー』(岩波現代文庫)とか、ビル・エモットの『世界潮流の読み方』(PHP新書)を斜め読みしていたのだけど、それだけでは現在の世界同時不況の根本的原因は分からない気がしてきて、久しぶりにケインズ経済学を読み直してみる気になった。
 
経済現象というのはとても複雑で相互に絡み合った関係性の束なので、一面的な見方、直観的な印象で全体を判断することは危険である。
 
私が過去30年間の世界経済の構造的特徴として考えているのは、
(1)世界的な経済格差の拡大
(2)金融市場の深化と拡大
である。
大学の講義でよく使うのだけど、UNDP(国連開発計画)の1999年度人間開発報告書によると、世界で最も裕福な20%と最も貧しい20%の間の格差は、1820年には3:1、1920年には11:1、1960年には30:1だったのに対して、1980年には60:1、1997年には74:1になっている。
2009年の現在、この格差はさらに大きくなっていると思う。
一方、デリバティブとか証券化技術の進歩で、実物経済に対する金融経済の規模もこの30年間に莫大なものに跳ね上がった。
 
最近、ケインズの主著である『雇用、利子および貨幣の一般理論』を読んで強く感じたのは、ケインズは、そしてマルクスもそうだと思うけれど、当時の世の中の構造を踏まえて、自分の経済理論を構築しているということである。
もちろん、世界の経済構造はケインズが生きていた時代とは大きく変わった。
最大の違いは、ケインズによって産業資本主義に対する寄生的存在として否定的な目で見られていた当時の金利生活者の代わりに、今日の社会では投資銀行とかファンドマネジャーと呼ばれる一群の人々が出現して、金利や為替差益を求めて、(自己資金ではない)莫大な資金を世界中で運用するようになったことである。
しかし、ケインズが当時の経済問題に取り組んだ姿勢自体は、今でも有効であるようと私には思える。
 
世界的な経済格差は、当然、労働賃金の莫大な格差を生み出す。
先進国の企業が、より安く信頼できる労働力を求めて、世界各地に生産拠点を移転するようになった。
特に、1989年に冷戦が終結して、この生産拠点の移動には地理的な限界がなくなった。
一国経済が主流だった時代は、生産した財の販路を拡大するために、労働者の可処分所得を増やすことが有効な政策だった。
しかし、安価な労働力を求めて生産拠点が国境を超える時代になると、労働者の所得は限りなく安く抑えられるようになる。
世界全体としては、需要不足が構造的に発生しやすくなると私には思える。
 
経済格差が広がるなかで、生産手段を増大させれるための投資ではなく、所有する貨幣量を増加させることだけを目的とする短期的な投資が繰り返させると何が起こるだろうか?
ケインズは、人間には守銭奴的欲望、つまり交換手段ではなく、貨幣の所有量の増大自体に満足を覚える性向があると指摘している。
金持ちが、貧しい人たちほど消費しないことは明らかである。
要するに、過度の経済格差は、社会全体の需要を減少させる方向に働くように思える。
 
このような形で生まれた需要不足が現在の世界、そして日本における不況の原因だとすると、その不況対策は政府による財政出動ではなくて、税制改革による資本の移転、そして新たな需要を生み出すための規制緩和であるように思う。
しかも、お金の流れがこれだけ国際化すると、そのような取り組みは一国レベルだけで不十分で、世界的な連携が必要になると思える。
経済格差を縮小させるための世界的な資金の再配分と、労働力の一方的な搾取を防止するための国際的な労働力に関する規制措置が必要だと思う。
 
さらに勉強してみたいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中