権理通義の思想:義理と人情の人権哲学

私は、西欧起源の人権規範が、日本のような非西欧社会で定着するためには、日本社会の基層文化に基づいた人権の正当化根拠を生み出す必要があると考えて、その方面の研究に取り組んできた。
 
この関連で、最近私が注目しているのは、「義理(と人情」という日本的観念である。
ちなみに、金泰昌先生が主催している公共哲学フォーラムが昨年12月に開催した第87回公共哲学京都フォーラムでも、この「義理と人情」を取り上げている。
 
私の現時点での考えは、源了圓先生の考えに近く、義理と人情は戦国時代末期に誕生し、江戸時代初期に確立したが、その後、江戸幕府の集権的な封建主義制度の下で、本来の「平等な人間の間の自発的意思を基礎にした心情的な互酬関係」という要素が抑圧され、表の世界では「公の規則」を示すものとして形骸化していくが、博徒などの下層社会では本来の形を残したまま存続し、この「義理と人情」の原理は今でも日本社会を動かす基層的理念として生きていると考えている。
実際に、明治初期の自由民権運動や戦後日本の反公害住民運動などを主導した基層的行動規範は、この「義理と人情」なのだ。
 
私は、この「義理と人情」の本来的な性質である「関係者の平等性」を意識的、自覚的に復活させることによって、日本社会に相応しい「近代的倫理」、テイラーが提示したEthics of Authenticityの日本版を生み出すことが出来ると考えている。
 
と言う趣旨の研究ノートを最近書きました。
ご関心のある方は、ご笑覧ください。
 
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