国連子どもの権利条約第3議定書

1989年11月20日に国連総会で採択され、翌1990年9月2日に発効した「国連子どもの権利条約」には、2つの選択議定書があります。
選択議定書というのは、本体条約の内容を補強したり修正したもので、もちろん国際条約の一種です。
 
現在ある「国連子どもの権利条約」の2つの選択議定書というのは、以下の2つ。
 
国際人権条約には、各国政府がきちんと条約の内容を守るように、様々な制度が設けられています。
その一つが、政府報告書制度。
締約国政府が定期的に国内における、国際人権条約関係の実施状況を(国際人権条約ごとに設けられている)人権委員会に報告し、人権委員会が、その国のNGO等からの意見も踏まえて、その国の人権条約実施状況を審査し、政府に対して勧告を行なうというものです。
私の経験からすると、この制度がきちんと機能するためには、国内の市民社会組織と政府の間にきちんとした意見交換のチャネルが存在し、かつ、その市民社会側の人々の意見が、その国の人々の問題意識をきちんと反映していること、そして政府がそれらの意見を聴く姿勢を持っていることが必要です。
私の見るところ、女性差別撤廃条約の(人権)委員会は日本社会でたいへん有効な役割を果たしていると思います。
 
しかし、この制度では救済できない個別の問題もあります。
そのために設けられているのが個人通報制度です。
特定の個人ないし集団に対する人権侵害が行なわれ、それらの人々が自国内で可能な限りの救済措置を尽くしたにもかかわらず、状況が改善されなかった時に、関係する人権委員会に個人的に申し立てをして審査をお願いすることが出来るのが、この制度です。
 
日本政府は、これまで司法の独立ということを理由に、この個人通報制度に参加することにずっと消極的でしたが、最近、その姿勢に変化が見られるようになっています。
最大の理由は、様々な国際人権条約や制度が作られ、その正当性や信頼性が世界的に認められるようになったので、日本だけが後ろ向きな姿勢を取ることが適当ではなくなってきたことです。
そして、日本社会に多様な意見に対する寛容が育ってきたことも、この動きを促進していると私は見ています。
20年前であれば、最高裁が決定したこと、あるいは○○省が決定したことに異議申し立てをすることは、「お上」に楯突くことだということで、日本社会ではあまり容認されなかったと思います。
しかし、その後、裁判所、あるいは行政府も絶対無謬でないこと、そして何よりも特定のスタンスに基づいて判断を行なう様々な組織の一つであり、それぞれの決定は尊重しなければいけないと同時に、その判断・決定は公共の場での批判、審議の対象となってよいという風潮が次第に日本社会にも育ち、その多様な審査の場として、人権委員会の有効性が政府部内でも認められるようになってきました。
 
そして、今、「国連子どもの権利条約」の人権委員会である「国連子どもの権利委員会」に対する個人通報制度を作るための選択議定書を作成しようという動きが進んでいます。
来週には、ジュネーブにある国連人権理事会で、作業部会設置を求める決議案が採決される予定です。
 
少し長い目で見てみると、この日本社会も新しい時代に適応しようとして、ダイナミックに変容しているのだということが分かります。
 
面白い時代になったきましたね。スマイル
 
 
 
 
 
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