児童ポルノ(10)

犬さま

お返事が遅くなり、申し訳ありません。

1.79日付「児童ポルノ(8)」に対するコメントについて

<芸術ヌード写真集等においては、有罪となった判例も多々あるようです。個人の成長記録については把握しておりませんが、少なくとも所謂ロリコン雑誌等に掲載された「お風呂の写真」等が有罪となったケースはあるようです(勿論、それは有罪でいいのですが)。
 何れにせよ、現行児ポ法では、虐待性より性的刺激要因が重要視されますので、(年齢が低い方が「自己決定権の範囲から外れる」=「虐待が疑われる」にもかかわらず)「17歳の芸術ヌード」と「10歳の芸術ヌード」では「17歳の芸術ヌード」の方が違法物扱いされる可能性は高くなってゆきます。今後どうなるかは仰る通り運用次第だろうと思われますが、虐待性より性的刺激要因が重要視されている状況は、法文が変更されない限り続くと思われます。>

について。

警察、検察庁、裁判所がどのようなものを「(実在の子どもを対象とした)子どもポルノ」と判断しているのか、その判断基準を公にしてもらうのは、この問題に関する議論を有効に進める上で役に立つように思うのですが、如何でしょうか?

方法としては、この問題に取り組んでいる国会議員を通じて質問主意書の形で法務省と警察庁に照会するというのが良いように思いますが、他に何か良い方法をご存知でしたら、ご教示ください。

質問内容としては、以下のようなものは如何でしょうか?

(1)葉梨議員が繰り返し取り上げていた宮沢りえさんの写真集『サンタフェ』が現在の政府の基準では「子どもポルノ」と判断されるのかどうか?判断されるとしたら、その判断根拠は何か?

(2)お笑い芸人の自宅での入浴シーンで6歳と11歳の兄弟の性器が写っていたTV番組や、ニュース番組で小学生の強化合宿に密着取材し、小学6年の男児が合宿所で局部丸出しの状態で入浴しているシーンをモザイクやボカシ等の映像処理もなくそのまま放送した場合、これらの番組を「子どもポルノ」として立件するとしたら、さらに何が要件として必要と考えているのか?たとえば、制作者が視聴者の性的関心を刺激することを主な理由としていたことを自白し、ランダムに抽出した視聴者へのアンケートがその自白を支持していることが必要要件なのか?

 

次に

<民主党が子どもポルノの定義を現行のものより限定的なものにしようとしているのは、「所持・取得に罰則を設けるとなると、基準を国際的な物に擦り合わせないと弊害が大きくなり過ぎる」と言う事であり。また、限定的なものにするといっても国際基準に合わせると言う事ですので、決して「本末転倒」とは言えないと思います。
 とはいえ、わが国においては、芸術ヌードの解禁にも様々な問題が発生しうる現状がありますので、児ポ法の定義はそのままで、「取得罪を適用する範囲のみを国際基準に合わせる」方が、より良いとは思いますが。>

について。

犬さんが主張されている「取得罪を適用する範囲を国際基準に合わせる」という場合の「国際基準」とは何を指しておられるのでしょうか?

国連子どもの権利条約選択議定書第31項(c)の「(製造し、流通させ、配布し、輸入し、輸出し、提供し、販売する目的での)所持」のみに適用するという趣旨だとすると、セーブザチルドレン・ジャパンの公式見解の注釈で引用したとおり、国連子どもの権利委員会は子どもポルノの単純所持も禁止することを求めている点を看過しているという点で国際基準を満たしていないと言えるのではないかと思います。

 

2.721日付「児童ポルノ(9)」に対するコメントについて

<「子どもポルノの対象」ではなく「子どもポルノの処罰範囲」ではないでしょうか。>

ご指摘の通りです。81日にセーブザチルドレン・ジャパンのHPにアップする前に修正しておきます。ありがとうございます。

 

<過去の科学的調査を見る限りでは、(新たに科学的調査をやっても)因果関係は立証できないと思われますが>

実は、私も、準児童ポルノが実際に子どもに対する性的犯罪を誘発するという因果関係を科学的に実証できるということについては懐疑的です。

ただ、これまでの議論を振り返ると、擬似(準)児童ポルノであっても、子どもを性的搾取の対象とすることを容認する社会風潮を助長するという理由で、国家として容認しないということを明示すべしというリーガルモラリズムの立場と、特定の道徳的立場を法律で社会に強要すべきではないというリベラリズムの立場が対立して、擬似児童ポルノに関する議論が進まないという現状があるように思うのです。

この議論は、特定の価値を公的に卓越したものと認める卓越主義とリベラリズムの間の論争そのもので、この方向で議論していって、何か具体的な政策的結論を導けるのか、現在の私には確信がありません。

それよりは、規制賛成派と反対派の実証的社会科学者を擁した調査グループを政府が作って、議論の土台となるリサーチをまずやってみたほうが生産的という気がしているのです。

 

その上で、あえてリーガルモラリズムとリベラリズムの議論に踏み込むと、「パターナリズムは、充分な判断能力をもたない人々を彼ら自身の利益のために彼ら自身から守るものであるかぎり、リベラリズムと調和する」(H.L.A. Hart, LawLibertyand Morality, Stanford University Press, 1972)とされていますから、子どもの成長に明らかに害を及ぼすと判断される準児童ポルノは、これを禁止することが出来るという議論はリベラリズムの立場からも正当化できるのかも知れません。

ちなみに、私自身は卓越主義に近い立場にいますので、素直に言えば、その社会が単なる嫌悪感ではなく、高度な倫理的判断として準児童ポルノを望ましくないと考えれば、これを法的に規制することは許されると考えています。

ただ、これは原理的な議論の次元での話であって、実際にこの原理を適用するとすれば、何を禁止すべき準児童ポルノとするか、また誰がそれを定義するのか、そして誰がその定義に基づいて個別のケースについて判断し、誰がそれを実現させる(違反者を処罰する)のかという議論を避けて通ることはできません。

その際に、卓越主義的な議論はえてして国家権力の介入を安易に肯定する傾向がありますから、私はあまり原理的な次元での議論以外のところで、卓越主義的議論を持ち出すべきではないと思っています。

 

<徒に表現を規制するよりもメディアリテラシー教育に力を注ぐ方が、子どものエンパワーメントの観点からもより良いと思われます>

この点については、全く同感です。

 

最後に、Hajimeさんからのコメントについてですが、

私は日本ユニセフ協会の職員ではありませんので、ご指摘の点に対して正式に答える立場にはありません。必要であれば、日本ユニセフ協会が対応すると思います。

ただ、日本ユニセフ協会広報室長を務めた者として、個人的に申し上げると、そこに書かれていることは事実ではありません。

私のブログは日本ユニセフ協会そしてユニセフ活動をサポートする多くの方々も読んでおられるので、この点ははっきり申し上げておきます。

 

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児童ポルノ(10)」への2件のフィードバック

  1.  何時も丁寧なレスありがとうございます。> 警察、検察庁、裁判所がどのようなものを「(実在の子どもを対象とした)子どもポルノ」と判断しているのか、その判断基準を公にしてもらうのは、この問題に関する議論を有効に進める上で役に立つように思うのですが、如何でしょうか? 私もそう思うのですが、実質的に児童ポルノ法の専門家ともいえる奥村弁護士のBLOGを読むと、「裁判所によってまちまち」な判例が多々出ていたり、児ポ法制定時の議員答弁が軽視されている判例があったりしており、具体的な「判断基準」は「法文」以外に無いように感じられました。また、同弁護士によると『サンタフェ』と同程度の写真集を児童ポルノとして処罰した判例があるそうです。> 方法としては、この問題に取り組んでいる国会議員を通じて質問主意書の形で法務省と警察庁に照会するというのが良いように思いますが、他に何か良い方法をご存知でしたら、ご教示ください。 葉梨議員が法務省に問い合わせたところによりますと、「『サンタフェ』は児童ポルノにあたらない」との回答を得たそうですが、先述の通り、「『サンタフェ』と同程度の写真集を児童ポルノとして処罰した判例」がありますので、質問してもあまり意味がないのかもとも思います(そもそも「運用」というのはそういうものですし)。 実際の運用がどうなっているか知りたい場合は、日弁連に問い合わせるのが良いのかもしれません。>犬さんが主張されている「取得罪を適用する範囲を国際基準に合わせる」という場合の「国際基準」とは何を指しておられるのでしょうか? 端的に、「欧米で流通が認められているものに関しては、取得規制を設けるべきでない」と書く方が、語弊が少なかったかもしれません。違法範囲を「選択議定書における児童ポルノの定義」とすれば、実質的に「欧米で流通が認められているものに関しては、取得規制を設けるべきでない」という状況に近くなると考えております。繰り返しになりますが、単純に再定義してしまうのは「児童ヌード解禁」となりかねず反対です。あくまでも取得罪等の範囲のみを「選択議定書における児童ポルノの定義」にするのがより良いのではないでしょうか。>規制賛成派と反対派の実証的社会科学者を擁した調査グループを政府が作って、議論の土台となるリサーチをまずやってみたほうが生産的という気がしているのです。 与党改正案ですと「規制を前提とした調査をやらせる」感じでしたが、「規制賛成派と反対派の実証的社会科学者を擁した調査グループを政府が作って」と言う事でしたら悪くはないですね。そう言う事ですと、中立性を担保する為や、調査結果による過剰規制や過剰緩和等を避ける為に法文をもっと練り込む必要があり、改正案の付則としてやるのには向いていないと思います。>子どもの成長に明らかに害を及ぼすと判断される準児童ポルノは、これを禁止することが出来るという議論はリベラリズムの立場からも正当化できるのかも知れません。 仰る通り、「過激な表現物」などを子どもに販売する事が出来なくする為の条例などは(私も含め)リベラリストからも反対されておらず、一定の規制は正当化されていると思われます。 ただし、仮に「子どもの成長に明らかに害を及ぼす」ものであったとしても、(「子どもの成長に明らかに害を及ぼす」酒やタバコがそうであるように)製造、所持、流通を完全に禁止するのは、正当化されないと思われます(「過激な表現物」に麻薬と同レベルの「害」があるか、または、児童ポルノのように直接的な人権侵害である場合は、そのかぎりではありませんが)。>この点については、全く同感です。 先生にそう言って頂けると心強い限りです。 個人的には、メディアリテラシー教育は「大人も受けるべき」だと考えております。ただ、強制は出来ませんので、啓蒙活動と言う形で浸透させてゆくしかないでしょうけど。

  2. >犬さんが主張されている「取得罪を適用する範囲を国際基準に合わせる」という場合の「国際基準」とは何を指しておられるのでしょうか?>単純所持も禁止することを求めている点を看過しているという点で国際基準を満たしていないと言えるのではないかと思います。 この点、説明不足がありましたので追記します。 私は、選択議定書が「単純所持も禁止することを求めている点を看過している」点をもってして「国際基準を満たしていない」とは考えておりません。子どもの権利条約及び選択議定書は未だ以て「最も良い基準の一つ」だと考えております。 それはさておきまして、そもそも私は「単純所持も禁止することを求めている点を看過している」事に「合わせるべき」と言っているのではありません。私が主張したのは「取得罪を適用する範囲のみを国際基準に合わせる」と言うものです(引用された文では「のみ」が抜けておりました)。 繰り返しになってしまいますが、日本の3号ポルノには、欧米などで流通が認められている「虐待でない、単純ヌード」も含まれ、現実に取り締まられております。「虐待でない、単純ヌード」の製造・販売・配布等の規制には止むを得ない側面もあると思われますので、「虐待でない、単純ヌード」の製造・販売・配布等を認めるべきだとはまったく考えておりませんが、取得罪や所持罪等の対象としてしまうのは、弊害が大き過ぎるばかりか、一般の方からの理解も得られないのではないでしょうか。

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