児童ポルノ(12)非実写創作物の児童ポルノを規制する理由

実在の子どもを被写体としない児童ポルノ、いわゆる非実写創作物を自治体の条例や業界の行動規範ではなく、法律によって規制することの是非について、現時点での私の考えを少し書いてみたいと思います。
この問題は賛否両論があって、私もあまり踏み込んだ議論は遠慮してきたのですが、やはり、それは誠実ではないと思うので、まずは私個人の考えを明らかにしたいと思います。
 
米国では、表現の自由を規定している憲法修正第1条は猥褻と児童ポルノには適用されないとされています。
猥褻については、12月17日の児童ポルノ(3)で書いたとおり、ミラーテストという基準があります。
(1)平均的な人が、その所属する地域社会などのコミュニティのそのときの基準に照らしてその表現物を見た場合、全体として好色な興味に訴えていると考えるか
(2)その表現物が、当該州法によって明確に定義された性的行為を、明らかに不快感をえる方法で、描写または記述しているか
(3)その表現物が、全体として見た場合、まじめな文学的、芸術的、政治的または科学的価値を欠いているか
 
一方、児童ポルノについては、「猥褻」でない場合でも、憲法修正第1条の対象にはなりません。
つまり、表現の自由は、児童ポルノについては、その内容が「猥褻」でない場合でも適用されないということです。
そして、「児童ポルノ」とは、未成年者を関与させる「性的にあからさまな行為」の「視覚的描写」であり、「性的にあからさまな描写」とは、さまざまな性行為だけではなく、「人の生殖器あるいは恥部の猥褻な展示」を含むと定義されています。
以上、整理すると、児童ポルノとは、子どもによる性行為を描いたもの(類似行為を含む)は当然含まれ、性行為以外の子どもの描写についても、それが「猥褻」なものであれば、児童ポルノとみなされることになります。
 
但し、これは実在の子どもを対象とした児童ポルノの定義です。
 
非実在創作物の児童ポルノについて定めた1996年児童ポルノ禁止法は、規制反対派の方たちが繰り返し引用しているように、2002年のアシュクロフト対「表現の自由連盟」訴訟において、米国最高裁で「実在の未成年者を使って作成したのではない画像を禁止する限りでは違憲」と判定されました。
しかし、猥褻物、児童ポルノおよび「未成年者に有害な」情報・素材へのアクセスを制限することを目的とする2000年に制定された児童インターネット保護法は、2003年に米国最高裁によって合憲と判断されました。
 
格別、米国の判例・考え方に100%したがう必要はありませんが、ここで明らかになったと私が考えているのは、非実在創作物の児童ポルノについて、
(1)特定の地域社会ないし組織が、非実在創作物の児童ポルノの(その地域ないし組織への)アクセスを、その地域の法(米国なら州法、日本なら条例)で制限することは表現の自由の制限にはならない、
(2)但し、インターネット上で流通する非実在創作物の児童ポルノを、その国の人々の多数が不快を覚えるという理由だけで国の法律によって規制することには疑義がある、
ということだと思います。
 
したがって、ポイントは、非実在創作物の児童ポルノを国の法律で規制するとしたら、その正当化理由は何か?ということに絞られると思います。
この問いに対する私の現時点での考えは、
「非実在創作物の児童ポルノを法律で規制することの正当性根拠は、その規定によって実現しようとしている目的の道徳的価値によって判断される」ということです。
そして、非実在創作物の児童ポルノを法律で規制しようとする目的は「子どもを性的搾取や性的虐待の対象とみなす行為は、日本社会では正当なものではないと道徳的に判断される」ということを公的に明示することにあると私は考えます。
 
以上、まとめると、非実在創作物の児童ポルノについては法律上は処罰規定ではなく禁止規定とし、(処罰規定を含む)実際の規制措置は地方自治体や学校、図書館等の裁量に任せるというのが妥当ではないかと思います。
 
皆様のご意見をお待ちしています。
 
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児童ポルノ(12)非実写創作物の児童ポルノを規制する理由」への5件のフィードバック

  1. 初めてコメントさせていただきます。>しかし、猥褻物、児童ポルノおよび「未成年者に有害な」情報・素材へのアクセスを制限することを目的とする2000年に制定された児童>インターネット保護法は、2003年に米国最高裁によって合憲と判断されました。児童インターネット保護法は、公共図書館などにフィルタリングソフトを導入することを求めている法律であって、擬似児童ポルノの製造・頒布を禁止する法ではないと思うんですが。前半のアシュクロフト判決への言及の後につなげて、あたかも、擬似児童ポルノの製造・頒布まで禁止しているかのように誤認するような記事の書き方はアンフェアじゃないでしょうか?>「非実在創作物の児童ポルノを法律で規制することの正当性根拠は、その規定によって実現しようとしている目的の道徳的価値によって>判断される」ということです。>そして、非実在創作物の児童ポルノを法律で規制しようとする目的は「子どもを性的搾取や性的虐待の対象とみなす行為は、日本社会で>は正当なものではないと道徳的に判断される」ということを公的に明示することにあると私は考えます。憲法21条は「一切」の表現の自由を認めています。カナダなどと違い「不道徳な」表現を除くなどとは書いてありません。もしある表現が「不道徳」なるがゆえに禁止されるなら、殺人・戦争・不倫・人身売買などをテーマにした創作物も禁止にしなければ筋が通りませんよね?それとも殺人などの表現は「道徳的」とでもおっしゃるおつもりですか?>以上、まとめると、非実在創作物の児童ポルノについては法律上は処罰規定ではなく禁止規定とし、(処罰規定を含む)実際の規制措置>は地方自治体や学校、図書館等の裁量に任せるというのが妥当ではないかと思います。有害図書規制のように青少年を対象としたゾーニングを強化せよとの主張であれば、特に異論はありません。しかし、成人も含めた一切の表現行為の禁止というのであれば現状では違憲の疑いが濃厚です。実際、有害図書規制についての平成元年9月19日最高裁判決(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D5A6DE9D0EEE418749256A850030A993.pdf)における、伊藤正巳裁判長の補足意見では次のように述べています。>(二) 青少年保護のための有害図書の規制について、それを支持するための立法事実として、それが青少年非行を誘発するおそれがあるとか青少年の精神的成熟を害するおそれのあることがあげられるが、そのような事実について科学的証明がされていないといわれることが多い。たしかに青少年が有害図書に接することから、非行を生ずる明白かつ現在の危険があるといえないことはもとより、科学的にその関係が論証されているとはいえないかもしれない。しかし、青少年保護のための有害図書の規制が合憲であるためには、青少年非行などの害悪を生ずる相当の蓋然性のあることをもつて足りると解してよいと思われる。もつとも、青少年の保護という立法目的が一般に是認され、規制の必要性が重視されているために、その規制の手段方法についても、容易に肯認される可能性があるが、もとより表現の自由の制限を伴うものである以上、安易に相当の蓋然性があると考えるべきでなく、必要限度をこえることは許されない。しかし、有害図書が青少年の非行を誘発したり、その他の害悪を生ずることの厳密な科学的証明を欠くからといつて、その制約が直ちに知る自由への制限として違憲なものとなるとすることは相当でない。>(三) すでにみたように本件条例による有害図書の規制は、表現の自由、知る自由を制限するものであるが、これが基本的に是認されるのは青少年の保護のための規制であるという特殊性に基づくといえる。もし成人を含めて知る自由を本件条例のような態様方法によつて制限するとすれば、憲法上の厳格な判断基準が適用される結果違憲とされることを免れないと思われる。そして、たとえ青少年の知る自由を制限することを目的とするものであつても、その規制の実質的な効果が成人の知る自由を全く封殺するような場合には、同じような判断を受けざるをえないであろう。(以下略。上記リンク先2頁より)以上引用したとおり、①有害図書のゾーニング規制が合憲とされるのは、「青少年の保護」のためであり、その目的の為には有害図書が青少年などに与える相当の蓋然性が認められれば科学的根拠がなくても制限してもよいが、その「規制手段」は表現の自由の制限を伴うものである以上、必要限度をこえることは許されないこと、②もし、成人を含めて知る自由を本件条例(岐阜県青少年保護育成条例)のような態様方法によって制限するとすれば、憲法上の厳格な判断基準が適用される結果違憲とされることを免れないこと、③そして、たとえ青少年の知る自由を制限とするものであっても、その規制の実質的な効果が「成人の知る自由を全く封殺するような場合には」同じような違憲の判断を受けざるをえないこと、と述べています。ですので、もし、擬似児童ポルノ(創作物の「児童ポルノ」)を規制したいのであれば、①擬似児童ポルノを見ることにより成人を含むすべての人にとって有害であることの科学的根拠を示すこと、②仮に①を満たしたとして、規制方法が必要最小限なものか(いわゆるLRAの基準)などの厳格な審査基準を満たす必要があります。規制派の皆さんの主張は①の段階ですでに破綻しているので論外です。また「子ども権利」「子どもの権利」と規制派の方々はおっしゃいますが、創作物等の「擬似児童ポルノ」が、実在のどの児童の「権利」をどのように侵害したというのでしょうか?また「集団としての子どもの権利」と言うこともよく主張されますが、実在の児童の集団がそのような「権利」を要求してるわけではなく、あくまでも規制派の方々の脳内の(妄想上の)児童の権利、「子どもとはこうあって欲しい」という願望に過ぎないんじゃないですか?だとしたら、その願望は、実在児童自体が求めている権利ではなく、規制派の方々の信条・虚偽意識(イデオロギー)に過ぎません。そして、そのようなイデオロギーを主張されるのはもちろん思想・良心の自由、表現の自由の下で保障されますからかまいませんが、そのようなイデオロギーを信奉しない人間に対して国家権力を利用して不当に弾圧しようとするのはやめて欲しいものです。以上長々と書きましたが、私は実在の児童のポルノに対する規制については反対しません(ただし現行法のいわゆる3号ポルノについては、宮沢りえのヌード問題でも明らかなように何が児童ポルノなのか不明確といわざるをえないので修正を要求します)。ただし、創作物規制を導入するのなら、感情論でなく、きちんと筋を通していただきたい。というわけで私の意見を終わります。

  2. 上記コメントに誤字脱字があるため以下のとおり修正します。①伊藤正巳裁判長(誤)→伊藤正己裁判長(正)②以上引用したとおり、・・・有害図書が青少年などに与える相当の蓋然性が認められれば(誤)                          ↓  以上引用したとおり、・・・有害図書に接することにより青少年非行などの害悪を生じる相当の蓋然性が認められれば(正)

  3. たびたびすいません。一つ下の投稿はさらにその下のコメントに対する訂正です。なにぶんはじめてコメントしたもので、どのようにコメントが掲載されるのか知らなかったものですから。コメント欄を汚して申し訳ありませんでした。

  4. まず、実在児童に対する虐待の記録としての児童ポルノについては、その基準が日本では国際的にみて異常に広い範囲を対象としている問題はともかく、規制の必要性をそのものを否定する意見はほぼ存在しません。日本ユニセフ・ECPAT東京・セーブザチルドレンが政治的に主張する“準児童ポルノ”なる珍妙な定義に対する反論としてミラーテストを持ち出しても意味がありません。次に、> 「子どもを性的搾取や性的虐待の対象とみなす行為は、日本社会では正当なものではないと道徳的に判断される」ということを公的に明示することそんなものは児童ポルノ禁止法・児童福祉法・児童虐待防止法の存在によって自明です。仮に足りないと思うのであれば法の存在をアピールするのが筋であって、一足飛びに憲法違反を犯して言論・表現規制を行うexcuseにはなり得ません。まして、「Aという行為は、日本社会では正当なものではないと道徳的に判断される」のであれば、Aにはありとあらゆる犯罪が入ります。例えば殺人は誰がどうみても性的犯罪よりも重い罪ですが、なぜ、非実在児童を性的に描く創作物が、非実在児童の殺害を描く創作物よりも規制を行う優先度が高いと看做されるのでしょうか?。世間にそれが罪であると知られていないからですか?。冗談ではありません、児童に対し性的に虐待する、暴力的に虐待する、殺害する、といった行為は(それを行っている当人を含め)日本人であれば100人が100人、犯罪だと認識しているでしょう。なお、児童ポルノ法は個人法益保護の法令であることから、猥褻性も芸術性もその罪の構成要件として(日本の判例においても)ほぼ無視されます。実際に現行法による逮捕・実刑判決要件からみて、それこそサンタ・フェと同レベルの少女ヌード写真集ですら違法であるとの判例が出ており、サンタ・フェを合法であるとするならば過去の判例が崩れる旨の指摘が児童ポルノ法実務の第一人者である奥村弁護士からも指摘されています。あからさまな性的表現云々はまだ成立していない未来の改正法案に対する、貴方個人の“感想”に過ぎません。創作物の児童に対する性表現規制を行うということは、この現行法の基準をそのまま創作物に当てはめることになります。ちなみに、ノーベル賞作家の作品に少女娼婦を描いた小説が存在します。日本の作品でも未成年の性を扱った名作などいくらでもあります。源氏物語など年端もいかぬ少女に対する拉致・監禁・事実婚を描いた作品ですね。貴方の所属されていた日本ユニセフ現会長のご尊父も未成年の裸婦画を描いていた疑惑が持たれています。これらも全て準児童ポルノとなりますね。全て規制対象として法で禁止されますか?。

  5. はじめまして、失礼いたします。海外では未だに漫画・アニメは子どもの見るものだという意識が根強いことはご承知かと思います。日本でも、年配やご老人であるほどそのような認識をお持ちです。子どもを守ることは大切なことです。が、彼ら彼女らの保護や心のケアを手厚くする法が作られるより前に、実在・非実在問わずの規制が先だと言うのならば、漫画において、「子どもを性的搾取や性的虐待の対象とみなす行為」であると判断する方法を示していただきたい。その曖昧さを度外視し、子どもを守るためだという聞こえの良い論調ばかりでは、賛成できる動きだとしても、誰も耳を傾けてくれないと私は感じます。まず、森田さんには規制をするための論構築・恣意的な演繹法を止めてほしいと思います。国の文化や状況、成り立ち方、歴史など、この問題には考慮すべき問題が多くあります。一元的な視点で「子どものため」という考えだけなのであれば、それは自己満足・自己陶酔な視野狭窄に他なりません。では、質問をさせてください。森田さんの考える「非実在創作物の児童ポルノ」とは具体的にどのようなものですか。また、それを判断するのは、「実際の規制措置は地方自治体や学校、図書館等の裁量に任せるというのが妥当ではないか」と述べていらっしゃいますが、各自治体等のどのような人に任せるということでしょうか。例えばですが、「明確に子どもと設定されているキャラクター」「見た目が子どもに見えるキャラクター」「3頭身の描画・絵柄だが普通の成人のキャラクター」、森田さんはこれらをどのように振り分けられますでしょうか。作品名など、例示をあげていただいても結構です。わかりやすく明確な基準が無ければ、こと日本においては、規制の意図以上に過度で行き過ぎた自主規制に発展しかねませんので。それではよろしくお願いいたします。

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