児童ポルノ(13)

健さん
的確なご意見をありがとうございます。
 
また、りすさん、技術屋さんものご質問も、自分の考えをきちんと整理するうえで、たいへん参考になりました。
ちなみに、繰り返しですが、セーブザチルドレンの公式見解は「準児童ポルノも法律で規制すべき」というものでありません。
まずは、科学的調査をやってみたらどうですか?という趣旨ですので、そのようにご理解ください。
 
1.健さんの<児童インターネット保護法は、公共図書館などにフィルタリングソフトを導入することを求めている法律であって、擬似児童ポルノの製造・頒布を禁止する法ではないと思うんですが。前半のアシュクロフト判決への言及の後につなげて、あたかも、擬似児童ポルノの製造・頒布まで禁止しているかのように誤認するような記事の書き方はアンフェアじゃないでしょうか?>について
 
これは、明らかに私の書き方が不正確でした。
ご指摘の通り、児童インターネット保護法(Children’s Internet Protection ACT)(2000)は、(a)猥褻、 (b)児童ポルノ (c)未成年者に有害な情報・素材について、学校や図書館がブロッキングやフィルタリングの手段を講じることを当該学校や図書館に求める法律です。
 
2.健さんの<憲法21条は「一切」の表現の自由を認めています。カナダなどと違い「不道徳な」表現を除くなどとは書いてありません。もしある表現が「不道徳」なるがゆえに禁止されるなら、殺人・戦争・不倫・人身売買などをテーマにした創作物も禁止にしなければ筋が通りませんよね?それとも殺人などの表現は「道徳的」とでもおっしゃるおつもりですか?>について
 
私は憲法を含む法律の専門家ではありませんが、憲法21条(表現の自由)も公共の福祉による制約は適用されるというのが通説だと思います。
但し、その制約は必要最小限度のものでなければならず、明確性の基準、LRAの基準(表現の自由を制約する立法は、立法目的が正当でも、その目的を達成するため規制の程度のより少ない手段が存在しないことを立法者が立証しない限り違憲とする基準)、事前抑止の禁止、検閲の禁止などの基準を満たしている必要があるということではないでしょうか。
また、法律家の方は「道徳的」という表現には過敏に反応されるようですが、ハーバーマスは「その制定過程が社会の政治的目標に対して開かれている法的規範は、基本的権利の普遍的内容を反映するだけでなく、特定の生の形式の表現であり、特定の法的共同体の政治的意志や生の形式を反映しているという意味で、特定の倫理体系に浸透されていると言える」と述べています。
公共の福祉という理由で特定の表現物の公開が禁止されるのは、当該表現物を公開することが特定の法的共同体(この場合は日本社会)の一般的な判断基準に照らして適当ではないと判断されるからです。
これは、まさに特定の法的共同体による価値判断ではないでしょうか。
なお、私はリーガルモラリズムを支持しているわけではありません。
法によって、特定の道徳的価値を社会に強制すべきとは考えていません。
ただ、「法律で特定の行為や現象を規制することの正当化根拠は、その規定によって実現しようとしている目的の道徳的価値によって判断される」と主張しているだけです。
殺人や人身売買、強姦が法律で禁止されていることを、私たちが正当であると判断するのは、そのような規制によって実現しようとしている「すべての人間の生命が等しく尊重され、保護される」社会を実現する」という目的が社会的に価値があると判断しているからです。
これは道徳的判断ではないでしょうか?
 
 伊藤裁判長は「たとえ青少年の知る自由を制限することを目的とするものであつても、その規制の実質的な効果が成人の知る自由を全く封殺するような場合には、同じような判断を受けざるをえないであろう」のあとに、以下の通り述べています。
「しかしながら、青少年の知る自由を制限する規制がかりに成人の知る自由を制約することがあつても、青少年の保護の目的からみて必要とされる規制に伴つて当然に附随的に生ずる効果であつて、成人にはこの規制を受ける図書等を入手する方法が認められている場合には、その限度での成人の知る自由の制約もやむをえないものと考えられる」
「成人が自販機によつてこれらの図書を簡易に入手する便宜を奪われることになり、成人の知る自由に対するかなりきびしい制限であるということができるが、他の方法でこれらの図書に接する機会が全く閉ざされているとの立証はないし、成人に対しては、特定の態様による販売が事実上抑止されるにとどまるものであるから、有害図書とされるものが一般に価値がないか又は極めて乏しいことをあわせ考えるとき、成人の知る自由の制約とされることを理由に本件条例を違憲とするのは相当ではない」
したがって、成人の知る自由が完全に制約されない限りにおいて、有害図書が青少年などに与える相当の蓋然性が認められれば、科学的根拠がなくても、青少年に対する有害図書の規制は合憲です。
 
4.りすさん、技術屋さんのご質問
私が、非実在創作物の児童ポルノの実質的規制は自治体の条例や業界の自主的な行動規範に任せるべきだと主張した根拠は2つあります。
(1)非実在創作物の児童ポルノの規制根拠は、それが猥褻であるということ
猥褻性については、米国のミラーテスト、日本でも3要件として(1)徒に性欲を刺激・興奮させること、(2)普通人の正常な性的羞恥心を害すること、(3)善良な性的道義観念に反すること、が確立しています。
したがって、猥褻と判断される非実在創作物の児童ポルノを規制することは日本社会の現行法との整合性から判断しても合法です。
なお、りすさんや技術屋さんの質問に対するお答えにもなりますが、何が猥褻か?は、「社会通念」によって決まり、その判断は基本的に裁判官に委ねられているとするのが一般的な理解だと思います。
(2)成人の知る自由を完全に制約する形での、法律による非実在創作物の児童ポルノ規制は適当ではない
まず、技術屋さんが指摘されている通り、米国のミラーテストは、猥褻物に関する基準ですから実在の子どもを対象とした児童ポルノには適用されません。
しかし、猥褻な非実在創作物の児童ポルノは対象になります。
子どもを描いた創作物は全て「猥褻」ではないという立論は明らかに論理的に破綻しています。
その上で、繰り返しですが、米国憲法修正第1条は、児童ポルノ(実在の子どもを対象としたポルノ)と猥褻物には適用されません。
その上で、インターネット上を制限無しに流通する猥褻な創作物について、「平均的な人が、その所属する地域社会などのコミュニティのそのときの基準に照らしてその表現物を見た場合、全体として好色な興味に訴えていると考えるか」というミラーテストの一番目の基準を適用することについては、、その結果、もっとも厳格なコミュティの判断が国民全体を規制することになるので、米国の最高裁も慎重な立場を取っているようです。(レノ判決の付言)(CRS Report for Congressの2頁目)
私も、同じ立場です。
また、伊藤裁判長のご意見にあるように、大人の知る自由を完全に制限するような形での法的規制は日本国憲法21条に違反します。
したがって、非実在創作物の児童ポルノについては、法律では禁止規定にとどめ、実質的な規制は自治体の条例(特定コミュニティしか拘束しません)や業界の自主的な行動規範に委ねるという提案をしたわけです。
たぶん、私の考えは、健さんの「有害図書規制のように青少年を対象としたゾーニングを強化する」というラインとほとんど同じだと思います。
 
なお、児童ポルノ等禁止法は個人法益のみを対象とした法律ではありません。
この点は、総務省の報告書にも以下の通り明記されています。
「同時に、同法は、児童を性欲の対象としてとらえることのない健全な社会を維持するという社会的法益の保護をもその目的としているものと考えられる」
私も同意見です。
 
なお、現行の児童ポルノ等禁止法が予防や被害者保護に十分配慮していないという点はご指摘の通りだと思います。
子どもの権利の擁護を目的とする法律ですから、この点についても、十分な議論が行なわれるべきと思います。
 
 
 
 
 
 
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児童ポルノ(13)」への7件のフィードバック

  1. > 青少年に対する有害図書の規制は合憲です。文字通りあくまで“青少年に対する規制”の合憲性を認めた判例であり、健様のご指摘は森田様らが推進されている言論・表現規制が成人に対する規制にまで及ぶことの矛盾を指摘したものではないでしょうか。青少年に対する情報の規制であればゾーニングで事足り、実際に有害図書条例はゾーニングを行うものであって、当然、言論・表現の自由自体の禁止を求める貴方がたの主張のexcuseにはなりません。> 非実在創作物の児童ポルノの規制根拠は、それが猥褻であるということ日本においては猥褻物の頒布は刑法175条によって取締りの対象となっており、創作物であってもその対象となることが平成17年に最高裁判例にて確定しています。まさか法規制を主張されながら、この程度の事すらご存じなかったと仰るのでしょうか?。> 子どもを描いた創作物は全て「猥褻」ではないという立論は明らかに論理的に破綻しています。上述の通り最初から猥褻物であるならば頒布は既に違法です。破綻しているのはどちらの主張でしょうか?。なお、同判例では創作物の猥褻性は実在の人物を写した写真やビデオなどによる猥褻性よりも低いことが示されており、創作物を猥褻物とする基準は一般的なアダルトビデオ等のそれよりも緩いことが確定しています。> 繰り返しですが、米国憲法修正第1条は、児童ポルノ(実在の子どもを対象としたポルノ)と猥褻物には適用されません。繰り返しますが、日本に於いても児童ポルノと猥褻物には表現の自由は適用されません。それゆえに両者の基準は厳密である必要があります。まして創作物を児童ポルノとして規制する根拠にはなりません。> 非実在創作物の児童ポルノについては、法律では禁止規定にとどめ禁止とは製造の禁止・流通の禁止・所持の禁止・閲覧の禁止等、どうとでも取れる表現です。いずれにせよ極めて強い規制であり、ゾーニングとは全く異なる概念です。とても“留め”るような内容ではないでしょう。また、前エントリに記載したとおり、既存の小説・絵画といったものも対象になりますが、これについてのご返答はいかがでしょうか。> 児童ポルノ等禁止法は個人法益のみを対象とした法律ではありません。それは総務省の見解に過ぎず、それも立法者が後だしで国会にて答弁した内容を鸚鵡返しにしたものです。> http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO052.html> 児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律> 第一条  この法律は、児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性にかんがみ、あわせて児童の権利の擁護に関する国際的動向を踏まえ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利を擁護することを目的とする。 この条文のどこからも社会法益性は読み取れません。判例でも個人法益保護に収斂しており、そもそも社会法益の保護が目的であるならば、公共の福祉に反しない限り規制の根拠とはなり得ません。その上で、ミラーテストでの公益性判定は猥褻物としての規制の根拠なのですから、創作物はその点において既に規制されており“準児童ポルノ”などという珍妙な造語を用いて改めて規制するexcuseは成り立ちません。なお、先の国会質疑でも言論・表現規制推進派の葉梨議員ですら、個人法益保護が原則であることを認めてしまっています。その上で被写体が死亡している児童ポルノ等については社会法益性での規制になるといった苦しい答弁を繰り返していますが、これはむしろ児童ポルノ法が個人法益保護であること、ごく限られた事例の範囲に於いて社会法益性の保護になる可能性を示しているに過ぎません。さらに被写体死後の児童ポルノについては、遺族が望む場合の名誉毀損など本来あるべき法令で規制するのが筋であることも指摘されています。

  2. 追記:いずれにせよ今月末の衆院選では与党の敗北は極めて濃厚であり、仮に児童ポルノ法が改正される場合でも民主案が骨子となります。民主案では児童ポルノは虐待の記録とされ個人法益として明確に位置づけられ、管轄もそれに伴い厚労省に規定されます。社会法益による規制を主張される貴方がたのご主張は、この時点で完全に破綻していますね。

  3. 子どもの人権を掲げておられる森田先生が「道徳」を持ち出してくるとは驚きです。援助交際の被害児童は「非道徳的存在」ですから、「道徳」を重視するならば、これら被害児童も売春防止法等により厳格に処罰すべきという結論に至るのではないでしょうか。また、奥村徹弁護士も指摘するところでありますが、児童ポルノ法を社会的法益とみなすならば、被害児童が児童ポルノ製造の正犯となる危険性を排除できません。事は法律の問題ですので、暢気な哲学論議なぞしている暇があったら、法運用の実態について少しでも調査されてはいかがですか。

  4. ところで、イスラム教では女子は9才から結婚が認められているのですが、この宗教の影響力は並々ならぬものがありますので、ニッチな猥褻メディアをバッシングしている暇があるのなら、その前にイスラム教の撲滅に取り組まれた方が宜しいのではないでしょうか?

  5. ご返事ありがとうございます、森田さん。ですが、技術屋さんのご質問とまとめてご回答されているようですが、児童ポルノ禁止法においてなぜ非実在創作物を規制するべきかというお話のみで、私がお聞きしたい”「非実在創作物の児童ポルノ」とは具体的にどのようなものですか”などの質問には一切触れられておりません。私も森田さんらが主張されます「科学的調査」には賛同いたします。しっかりと問題があるかどうか公正に科学的に調べられることにより、規制の有効性の有無を知ることができます。しかし、その調査をするという場合、まさに私の質問の回答が重要になると考えますが、森田さんはいかが思いますでしょうか。その調査では、1、どのようなものを「非実在創作物の児童ポルノ」とするか。2、調査する上で、「非実在創作物の児童ポルノ」を好むとされる被験者をどのように選別するか。3、被験者に見せる”非実在創作物で児童とされる(児童だとみなされた)児童キャラクターの絵”の具体的選別方法。4、被験者が”実在の児童の写真”を見た場合と”非実在創作物で児童とされる(児童だとみなされた)児童キャラクターの絵”を見た場合の違いは判別できるのか。5、被験者が「その表現物を見た場合、全体として好色な興味に訴えている(ミラーテストより)」と判断された場合、その者は児童暴行をする人間であると判断するのか?特に1・3番において、森田さんにご回答いただけなかった問題がここでも顔を出しています。つまり、「科学的調査」をする上でも”「非実在創作物の児童ポルノ」とは具体的にどのようなものですか”ということがまず課題になり、科学的・客観的な調査をするべきはずが、特定の側の恣意がそこに付与されてしまう可能性が否定できません。私の一個人の考えですが、上記のような正確性に欠けかねない「科学的調査」をするよりも、過去の事件から実際に犯罪を犯した者、つまり、児童を暴行した者 と 「非実在創作物」を所有しておりかつ児童を暴行した者 の件数を調査する方が、明瞭で根拠のある結論を導き出せると推察いたします。「非実在創作物」に対して、「猥褻である」から規制するべきというのであれば、それが法律で正当であると長々と主張なさる前に、まず、「非実在創作物の児童ポルノ」とは具体的にどのようなものであるかお示しいただきたい。互いに「非実在創作物の児童ポルノ」の定義が異なる段階では、果たして我々が今話している「非実在創作物の児童ポルノ」とはなんなのか(?)、非常に不可思議な話し合いとなっております。このような段階では、この法的根拠云々の話も全くの無意味であります。法的根拠等の話は、「非実在創作物の児童ポルノ」の定義が固まられてからでも遅くはないのではないでしょうか。もう一度お聞きします。「非実在創作物の児童ポルノ」とは具体的にどのようなものでしょうか。また、実際の規制措置を任せる地方自治体や学校、図書館等の裁量を誰がどのように決めるのか。お答えいただきたく思います。(詳しい質問内容は前のコメントを見てください。)※また、唯一「現行の児童ポルノ等禁止法が予防や被害者保護に十分配慮していないという点」で一致したところは、感謝いたします。 森田さんの所属される団体でも、 その点をより一層主張していくべきこととし、そうなさることを望みます。

  6. 今回は沢山の方がコメントを寄せられておりますね。レスが大変そうですので、他の方々とかぶる意見はなるべく割愛させて頂きます。>「法律で特定の行為や現象を規制することの正当化根拠は、その規定によって実現しようとしている目的の道徳的価値によって判断される」 法により行為に対して命令や禁止を規定する場合、原則的には侵害原理に基づいて行われるべきだと思います。  リーガルモラリズム的なやり方は、権利を与える場合に限定し、かつ、自己決定権との兼ね合いから慎重にとりおこなうべきかと存じます。 侵害原理を一旦置いておくとしても、殺人や強姦や人身売買を禁止するのと同等の「道徳的価値」が、「性表現のこれ以上の規制」にあるとは到底考えられません。 現在においては、「子どもを性的搾取や性的虐待の対象と『する』行為は、日本社会では正当なものではないと道徳的に判断される」事については、私を含め、大多数の方々が賛同されると思われます。 しかし、架空の性表現が描かれた書籍を扱ってる出版社や書店にたいして、そこまで多くの国民が「不道徳」だと感じているとも思えませんので、「架空の性表現において、子どもを性的搾取や性的虐待の対象と『みなす』行為については、日本社会では正当なものではないと道徳的に判断され」てるかどうかは若干疑問が残ります。 「殺人を描写した映画」が不道徳とは言えないように、私個人としても「架空の性表現において、子どもを性的搾取や性的虐待の対象と『みなす』行為について」不道徳だとは考えておりません。私個人の道徳観では、むしろ、多くの国民が、現実(子どもを性的搾取や性的虐待の対象と『する』行為)と、虚構(架空の性表現において、子どもを性的搾取や性的虐待の対象と『みなす』行為)の区別をはっきりとつけられるようになるべきだと考えております。 かつての日本では、同性愛どころか性同一性障害さえも不道徳でした。買春被害者については残念ながら今だに不道徳とされておりますが、当然のことながら、それらは禁止されたり罰せられたりすべきではありません。また、不道徳とすることその物が「不道徳」だとすら感じます。これは性表現にたいする偏見も同じかもしれません。>この点は、総務省の報告書にも以下の通り明記されています。>「同時に、同法は、児童を性欲の対象としてとらえることのない健全な社会を維持するという社会的法益の保護をもその目的としているものと考えられる」 技術屋さんも仰られておりますが、これは総務省の役人が不勉強だと思います。野田聖子議員等も「アニメ等の規制は保護法益の問題があり難しい、新法で対応すべきだ」旨の発言をしておられます。 とはいえ、社会法益的側面がまったく入ってない訳ではなく、猥褻物取締法的運用により「お目こぼし」が発生していたり、被害児童を非行少女扱いするなど、マイナスの側面が出てしまっておりますので、一刻も早く法益を児童の保護に一元化する必要があると思われます。

  7. コメントへの返答ありがとうございます。すでに技術屋様や犬様から私が再反論したい内容についての指摘をしていただいているので、その他気になる点についてコメントしたいとおもいます。>公共の福祉という理由で特定の表現物の公開が禁止されるのは、当該表現物を公開することが特定の法的共同体(この場合は日本社会)の一般的な判断基準に照らして適当ではないと判断されるからです。かつての大日本帝国憲法はその第29条において「法律ノ範囲内ニ於テ」表現の自由を認め、いわゆる法律による留保を認めていました。そして治安維持法などにより、反体制的な言論・結社を禁止し、共産主義者などの思想犯を断罪してきたことは周知の事実です。この反省にたち、現行憲法では法律の留保をつけることなく「一切の」表現の自由を認めたのだと思います。したがって、「法的共同体の一般的な判断基準にてらして適当ではない」という理由だけでは当該言論を規制する正当な根拠とはならないと思います。一般に不適切な言論に対しては対抗言論を行うといういわゆる「思想の自由市場論」が現在の通説かと思われます。>(2)成人の知る自由を完全に制約する形での、法律による非実在創作物の児童ポルノ規制は適当ではない>したがって、非実在創作物の児童ポルノについては、法律では禁止規定にとどめ、実質的な規制は自治体の条例(特定コミュニティしか拘束しません)や業界の自主的な行動規範に委ねるという提案をしたわけです。たぶん、私の考えは、健さんの「有害図書規制のように青少年を対象としたゾーニングを強化する」というラインとほとんど同じだと思います。つまり森田様としては、そちら様のいう「準児童ポルノ」についての青少年へのアクセスは禁止するが、成人がそれらを創作し、アクセスし、享受することは許容するということでよろしいわけですね?くどいようですが、もし成人も含めそれらの表現の自由・知る権利を全面的に禁止したいのであれば、さきに書いたような科学的な根拠やその規制が明白かつ現在の危険などの厳格な審査基準に合致するものであることを立証する必要があると思います。

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