日本の次の一手?

最近、靖国問題を少し勉強しています。
高橋哲哉『靖国問題』ちくま新書(筑摩書房、2005年)、大江志乃夫『靖国神社』岩波新書(岩波書店、2005年)は、靖国神社を戦前の国家神道の象徴として客観的に分析した本。
井上順理『微衷録』(雅舎、2007年)は、山鹿素行の思想・業績の研究と継承を目的とする素行会創立百周年を記念して出版されたもの。井上順理先生は、国体学の権威である西晋一郎博士の高弟で、国体学の第一人者だったそうですが、昨年8月21日に逝去されています。
 
私は数年前に、若い友達と一緒に靖国神社の遊就館を訪ねたことがあります。
この友達は子どもの権利活動仲間で、当然、戦前の日本のあり方には批判的なのだけど、この彼も「でも、亡くなった自分の子どもや父親のことを偲ぶのは人間の自然の気持ちですよねぇ」と遊就館で感想を語ってくれました。
このあたりに靖国神社を巡る問題の核心があると私は思っています。
 
最近は、ナショナリルアイデンティティとか国民性という議論は時代遅れで、グローバル化時代に対応した「多文化主義」とか地球市民教育が世の中の関心を集めています。
しかし、私は、国際社会のメインのプレイヤーは依然、国民国家なのだという風に思っていて、この点では、カナダの現自由党党首、前ハーバード大学カー人権政策研究所長のマイケル・イグナティエフと同意見なのです。
そして、たぶんカナダの次期首相になるであろうイグナティエフは、人権擁護のためには立憲主義というものを大切にしなければいけないと言っています。
憲法というのは、その国の「かたち」を定めたものです。
 
日本はこれまで、どういう国を目指してきたのでしょうか。
戦前の日本は富国強兵によって世界の一流国の仲間入りをすることを目指しました。
戦後の日本は、日米安保の下で一国平和主義と経済成長至上主義によって、世界から尊敬される国になることを目指しました。
いずれの方針も失敗に終わりました。
なぜでしょうか?
 
これは考えてみる価値のある問題ですね。
 
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