「国は経済によりて滅びず、敗戦によってすら滅びず…

…指導者が自信を喪失し、国民が帰趨に迷ふことによりて滅びるのである」
 
この言葉。
戦前から戦後にかけて、リベラル派の政治家として活躍された斎藤隆夫先生が敗戦直後の1945年11月16日に日本進歩党の創立集会で行った演説の一節。
 
斎藤隆夫先生は、もちろん、1936年(昭和11年)5月7日、2カ月ほど前に起きた2・26事件を踏まえて有名な「粛軍演説」を行った信念の政治家。
この演説、そして1940年の反軍演説によって、斎藤先生は同年、衆議院議員を除名されるのだけど、1942年には非推薦で兵庫5区から立候補、最高点で再当選を果たした。
日本にもリベラリズムの伝統、歴史というものはあり、1930年代以降のファシズムの時代にも、その灯は消えることはなかったという事実は、今の時代から振り返ると、本当に気持ちを明るくする。
 
ということで、斎藤先生を取り上げた松本健一『日本の失敗「第二の開国」と「大東亜戦争」』岩波現代文庫(岩波書店、2006年)を読みました。
松本先生の歴史観によると、日本はこれまで明治維新前後の第一の開国、大東亜戦争後の第二の開国、そして1990年代以降の第三の開国という、3つの「開国」を経験してきた。第三の開国は、もちろん現在進行中である。
「開国」とは、松本先生の定義によると、日本が自己とまったく異質な他者(=国際社会)に直面させられ、その他者の「文明」のほうにみずからを開き、自己変革してゆこうとした経験のことである。
この意味での「開国」を日本が経験したのは、明治維新が初めてであったというのが松本先生の主張。
ここで、松本先生は「(開国とは)自己変革を必須としつつも、他者と同化することではない。他者と同化する、というのは、ナショナル・アイデンティティを失うことである」と書いている。
 
第一の開国も、第二も、外からの圧力(外圧)が「開国」をひきおこす発条になっている。…しかし、その外からの力をみずから引き受けて、内からの自己変革を生みだしてゆく衝迫が、幕末維新のときはきわめて強かった。…
そのことが、「第一の開国」にあっては、外にむかって自らを開きつつも、より強固なナショナル・アイデンティティを日本に生みだすことになったである。…
「第二の開国」にあっては、内からの自己変革の力が弱かったぶんだけ、外の力(=アメリカ)に同化する動き(アイデンティティ)が強くなったのであろう。「第二の開国」は、このため、アメリカ民主主義に同化する歪みを生みだすことになった。
(同書362―363ページ)
 
第三の開国が日本をどのように変容させるのかを予測することは、その只中にいる私たちには難しい。
 
ただ、松本先生も指摘しているように、日本は精神的な鎖国状態に入ったときが最も危険な時となることは間違いない。
この社会を外に開き続けること。
そして、国際的なルールに従うという意志を強く持ち続けることが大切ですね。
 
吾が言は即ち是れ万人の声
褒貶毀誉は世評に委す
請う百年青史の上を看る事を
正邪曲直自ずから分明
これは、斎藤先生が1940年に除名処分を受けたあとに残した詩だそうです。
まぁ、歴史に残る人というのは、違うものですねぇ。スマイル
 
広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中