日本人はほんとうに無神論者か?

ハインリッヒ・シュリーマンは、もちろんトロイア遺跡を発掘した一代の冒険家。
 
このシュリーマンがその6年前に日本を訪れた時の記録が『シュリーマン旅行記 清国・日本』講談社学術文庫(講談社、2008年)。
ここでは君主がすべてであり、労働者階級は無である。にもかかわらず、この国には平和、行き渡った満足感、豊かさ、完璧な秩序、そして世界のどの国にもましてよく耕された土地が見られる。
キリシタンが第六番目の階級に位置づけられる。彼らは十七世紀中ごろキリスト教に帰依し、1684年に虐殺された日本人の子孫である。…彼らはひどく軽蔑され、さらに穢れた者と見なされて、江戸の市中から隔離された一画に住まわされている。
…教育はヨーロッパの文明国家以上に行き渡っている。
…もし文明という言葉が、…心の最も高邁な憧憬と知性の最も高貴な理解力をかきたてるために、また迷信を打破し、寛容の精神を植えつけるために、…キリスト教が理解しているような意味での宗教の中にある最も重要なことを広め、定着させることを意味するならば、確かに、日本国民は少しも文明化されていないと言わざるを得ない。
…民衆の精神的な憧憬を最小限に押さえつけているに違いない理由がある。
それは第一に、民衆の自由な活力を妨げ、むしろ抹殺する封建体制の抑圧的な傾向があげられる。…実際、密告は、この政府のもっとも強力な武器である。
…こうした諜報機関が、人々の間に不信感を植えつけ、真実と正直さの発現を不可能にしている。
 
わずか1カ月の滞在とは思えない、鋭い観察である。
大名たちは、外国人と日本人が接触し関係をもつ機会が増えれば増えるほど、日本人の知的道徳的な進歩が促され、根本的な改革が求められる、そうなれば自分たちがこれまで汲々として守ってきた封建的支配がまっ先に崩れるだろうと。…
 
このシュリーマンの日本観と、現代の日本ウォッチャーとして署名なカレル・ヴァン・ウォルフレンが『日本/権力構造の謎』で提示した日本観とはほとんど同じである。
この本は1989年に英語で出版され、たちまち大評判となり、1990年に邦訳が出版されている。
 
しかし、ここで重要なのは、シュリーマンやウォルフレンが提示した日本像が正しいかどうかではなく(それもたいへん重要なのだけど)、彼らの対日観が海外の人々が日本を観る見方にどのような影響を与えたかという点のほうだと思う。
なぜ、彼らの日本論が、それほど海外で大好評を博したのか、ということもよく考えてみる価値がある。
そして、彼らの日本観に代表される海外の人々の(主流的)日本観が、現代の日本人の日本観にどのように刷り込まれているのか、もよく調べてみる価値のある課題である。
 
「国際化が最終的に日本を欧米と同じ民主的な社会にする」という期待は長年、欧米社会がいだき続けてきた願望である。
そして、それが一般の日本人にとっても幸せなことなのだ、というのがウォルフレンの結論である。
本当かな?と疑ってみるのが学問の始めでしょうね。スマイル
 
 
 
 
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