日本の生活を守るには?

大学の講義で「グローバルソサエティ論」という科目を担当していることもあり、日米関係にはとても興味がある。
 
久しぶりに孫崎亨『日米同盟の正体』講談社学術文庫と久江雅彦『米軍再編』講談社学術文庫を読み直した。
 
孫崎さんの本を読んだのは、昨年9月頃だったと思うけど、その頃から私の考えは基本的に変わっていなくて、日米関係における最大の課題は、米国政府が日本社会はリベラルな価値を本当には尊重する気はないと思っていることだと考えている。
 
私が昨年9月に北京で開催された第24回法哲学社会哲学国際連合世界学術大会で行った報告でも引用したのだけど、日本の国家はリベラルなのだけど、社会はリベラルではないというシンガポールの社会学者の観察に私は基本的に賛成である。
 
最近、日本が戦前、戦後と国際社会で名誉ある位置を占めることに失敗したのは何故だろう?と考えてきた。
明治政府の「富国強兵」。
戦後の自民党政権下での「一国平和主義」「経済成長至上主義」。
いずれの政策も、日本人が渇望し続けた国際社会での名誉ある地位(評価)を獲得するという目的を達成するためには不十分であることがはっきりした。
 
結局は、リベラルな社会あるいはリベラリズムというものを日本人がきちんと理解しなかったことが最大の原因なのではないか、と最近は思うようになった。
チャールズ・テイラー博士は、ジョン・ロックとエドモンド・バークを一対のものとして提示し、両者の思想が西洋社会に今日のようなかたちのリベラリズムを作りだしたのだと語っていた。
 
革新的な人権理論、国民主権論と同時に、保守主義というものがリベラルな社会には必要なのだと思う。
そういえば、テイラー博士は、「民主主義や人権の文明に固有の価値や重要性があることを信じつつも、距離感覚を完全には失わなかった人々は、近代文明の『忠実な反対派』になる」と書いていた。(Charles Taylor, "A Secular Age",p.745)
 
リベラリズムというのは底の深い思想なのでしょうね。
 
 
 
 
 
 
 
 
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