日本の世界戦略?

最近、日米同盟や米国の世界戦略に関する本をいろいろと読んでいます。
 
昨年9月に日本の近代史上初の民意による政権交代が起こってから、いろいろな「常識」が大きく変わってきた。
確かに錆びついた55年体制を組み替えて、流動的で不安定化している冷戦後の世界で生き抜ける「柔軟で敏捷な日本」を創るのは並大抵のことではないし、全体のパイが小さくなっていく中での改革は、一般にはゼロサムゲームの様相を帯びてくるので、「総論賛成、各論反対」になりがち。
その中で、改革を進めるには、時には「剛腕」も必要でしょうね。
また、米国一辺倒ではない、「アジアの中の日本」として自立したいという「国民感情」も、それ自体はとっても大切。
 
でも、外務省の大先輩である岡崎久彦さんが書いておられるように、自らの力で世界秩序を自由にデザインして作り上げることができる超大国でない限り、その国の戦略は何よりもまず、自分が置かれた環境の客観的分析から始まらなければならない。
いまの日本にとって、可能な選択肢とは何なのだろう?
 
私は、この数年間、ずっとカナダの現代思想家であるマイケル・イグナティエフとチャールズ・テイラーの作品を読んできた。
最近、マイケル・イグナティエフの思想を巡って論文を書いたのだけど、その際にイグナティエフを「インターナショナル・デモクラティック・リベラリスト」と紹介している中山俊宏さんの解説(マイケル・イグナティエフ、中山俊宏訳『軽い帝国』風行社、2008年)を読み返してみた。
「アメリカが圧倒的な力を有しているという事実は否定しようがなく、アメリカがその力を今後どのように行使するかのか、それを何のために用いるのかという問いに答えることなしに、ポスト9・11テコ攻撃後のアメリカを語ることは全く不毛であるといえる」
 
そして、アメリカの動向、要するに今後の世界の行方を考えるためには、客観的な現状分析に基づく、日本独自の歴史観に基づく世界像が必要である。
日本はどんな国として、今後、あり続けたいのか?という日本にとっての「理想の自己像」ですね。
 
普天間基地問の移設問題で世間は騒がしいのだけど、ほんとうは日米同盟を通じて日本はどういう国になりたいのか、という問いのほうが重要だという気がする。
 
 
 
 
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