現代日本の原点

ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』(岩波書店、2004年)を読んだ。
第二次世界大戦後の米国による日本占領の実態を、当時の日本の民衆の対応まで含めて包括的かつ実証的に描いた現代史の傑作。
 
占領期の日本の実態というは、実は私もよく知らなかった。
もちろん、生まれていなかった時代のことなので実体験というものはないわけだけど、きちんとした歴史的知識もなかったことに、この本を読んで気がついた。
日本は1941年12月7日に真珠湾攻撃によって第二次世界大戦に参観し、1945年8月15日に敗戦を迎えた。
 
それから、1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約に署名し、この条約が1952年4月28日に発効して日本はやっと独立を取り戻すことになる。
1945年8月15日より1962年4月28日まで実に、6年8カ月。
これは、日本が実際に第二次世界大戦に参加していた期間(3年9カ月)の2倍近い期間である。
これだけ長い期間、特定の国に占領せれていれば、この国の「かたち」は相当変わっても当然である。
 
しかも、1950年6月25日から1953年7月27日まで朝鮮戦争があった。
日本は、この戦争中に、米軍や韓国軍を支援するために義勇軍が自発的に組織されることもなかった。
1991年の湾岸戦争の際に、日本は積極的な貢献をしなかったと国際社会から批判された(とされている)が、そもそも、平和は望ましいが、そのために犠牲を強いられるのは絶対にイヤという一国平和主義は、1950年代はじめには既に日本社会に定着していたのだ。
 
しかし、興味深いのは、それだけ絶対平和主義に凝り固まった日本人が、その数年前までは狂信的な軍国主義にのめりこんでいたという事実である。
もっとも、これは興味深いとだけ言っていられない重大な結果を日本にもたらしたわけで、やはり真剣にその経緯を明らかにする必要がある。
 
昨日、砂時計(映画)を観た。
主人公のカップルの中学時代から26歳までのラブストーリーなのだけど、主人公の女性は母親が自殺したトラウマをずっと心のなかに抱えていて、そのことが二人の恋愛に深刻な影響を与え続けていく。
こういう映画を観ると、日本人が過去を簡単に忘れて、新しい生き方に順応するというのは、必ずしも正しくないのではないかと感じる。
 
第二次世界大戦直後、当時の日本人は、過去の記憶を抑圧したり、正当化したり、様々な心の葛藤と乗り越えながら、新しい「占領」という事態に立ち向かったのだ。
そして、その精神的遺産・課題は、現在の日本にも引き継がれている。
 
人間が生きるということ、一つの国が生き残っていくことは、本当にたいへんなことなんですねぇ。
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