商業の哲学

 公共哲学共働研究所から最新刊『ともに公共哲学する 日本での対話・共働・開新』(東京大学出版会、2010年8月1日)が届きました。
 
私も、第4部 東アジア発公共哲学の思想的源泉をともに探る 1.東アジアの伝統思想と東アジア発公共哲学(289―312頁)というところに出てきます。スマイル
商人道と公共哲学に関する私の質問と、金先生からの回答です。
 
実は、この日、会場で崔仁浩『商道(サンド)』を購入しました。
不思議なご縁です。
そして、この本の紹介文を『公共的良識人』に書きました。
そのもともとの原稿はこんな感じでした。
 

崔仁浩『商道(サンド)』

 

 崔仁浩『商道』は、1990年代末、それまで順調な経済成長を続けていた韓国が東アジア金融危機の影響を受けて失速し、IMFによる自由化政策の下で深刻な経済不況に見舞われたさなかに、韓国の大手新聞である韓国日報で連載が開始され、2000年秋に単行本として出版されると300万部を売り上げるという韓国史上稀に見る大ベストセラーとなり、ドラマ化までされたという現代韓国の人気小説である。

 韓国では、かつて日本と同様に士農工商という身分制度が存在し、最近まで商業には最も低い評価が与えられていたという。

 『商道』の主人公である林尚沃(イムサンオク)は、200年前の朝鮮に実在した大商人で、当時社会的に最も低く見られていた商業という仕事の中に、高い倫理を持ち込んで、その社会的評価を高めた人物として描かれている。

 作者の崔仁浩は、日本語版序文において以下の通り述べている。

 「イデオロギーも消えて国境も消えつつある21世紀。ミレニアムの新しい未来が幕を開ける今こそ経済の新世紀であり、それにともなう経済についての新しい哲学が生まれなければならないと考えた私は、“経済の新哲学”をテーマに200年前に実在した林尚沃という商人を主人公として小説を書き始めました。

 今まで私たちの経済は政経癒着と不正腐敗のような邪道により発展してきましたが、私は今こそ孔子が語った“利”よりも“義”を追求する正しい道で、“商業の道(商道)”を通じて企業家たちも仏となりうると固く信ずるに至りました」

 この本が、韓国でベストセラーとなったのは、「上からの資本主義」から「下からの資本主義」への転換点に立った韓国が必要としたエートス(時代の精神)を提供したからであるというのが、私の感想である。

 森嶋通夫[i]によれば、封建時代のあとに近代資本主義を建設した諸国は、ほとんど例外なく国家(政府)の出資資本や封建時代に蓄積された資本により設立された産業によって主導される「上からの資本主義国」として出発したが、やがてある発達段階に達すると、民間の個人により設立された私企業の株を一般個人が購入することにより、一般個人の資金にも依存するようになり、「下からの資本主義」へ移行するようになる。しかし、自由競争に基づく「下からの資本主義」を実現するには、他人との関係において自分自身の良心に対する誠実を重んじ、嘘をつかないことを中心的な徳目とするエートス(時代の精神)が必要であり、そのためには自由主義、民主主義、民権主義がその国のエートスとして定着する必要がある。

 『商道(サンド)』の主人公である林尚沃は、1801年に貧しい交易商人の子どもとして生まれた。林尚沃の家は、4代続く義州の湾商の家系であったが、大きな元手を持たない行商にすぎなかったその父、林鳳翮(イムポンヘク)は毎年清国に出入りする政府の使節団(冬至使)に付き従って、燕京に行き、人参を売って、絹を買って帰り、それを売りさばいて生計を立てていたと言われる。林鳳翮は中国だけでなく満州の言葉にも長けており、科挙試験の一つである訳科試験に合格して、訳官となることを目指したが、4度受験して失敗、自分の祖先の出自が低い身分であったことがその原因と知った直後、酒に酔って鴨緑江に落ちて亡くなっている。 

 林尚沃は、当時の厳格な身分制社会において、天下第一の商人となることを自らの人生の目標に定め、父に命じられて15歳のときに1年間学んだ秋月庵という禅寺の高僧であった石崇和尚(スクスン)の教えを守り、利よりも義を重んじる生き方を貫いて、韓国史上最大の貿易商となる。

 この林尚沃が、残した悟道頌(自らの悟った境地を詠った文章)が「財上平如水 人中直似衡(財物は平等な水と同じで、人は正しい秤と同じだ)」である。

 「財物とは、まさに水と同じようなものだ。…財物はもともと、わしのものではない。これは水にわしのもの、おまえのものがないことと同じだ。ところが人は自分のものでも他人にものでもない財物を、自分のものとして所有しようとしている。自分の手中に入った財物は暫くの間、そこに留まっているだけにすぎないのだ。流れる水を手に掴もうとしても、暫くの間は掌に留まるかのように見えるが、間もなくその水は消えてしまい、空となってしまうのと同じだ。

 これは人も同じことだ。生まれた時から貴い人賤しい人、豊かな人貧しい人、美しい人醜い人、高い人低い人はないのだ。どんなに貴い人であっても、彼は僅かな間の現世で貴い名誉を借り、錦の服を着ただけにすぎないのだ。もし錦の服を脱いでしまえば、彼は平凡な人に戻ってしまうものなのだ。だから、人は誰も秤のように正しい。秤はどんな人なのかを、ありのままの重さで測っている。どんなに貴い人であっても、過不足ない正確な重さを秤は示しているのだ」。

 「上からの資本主義」から「下からの資本主義」への移行期を迎えた韓国において、『商道』が評価され、多くの人々の共感を得たのは、人間を基本的に平等な存在と見る林尚沃の哲学と生き方が、現在の韓国の人々が求めるエートスを具現化しているからである。

 現代カナダの思想家チャールズ・テイラーは、「近代」社会に特有の倫理として「日常生活の肯定」を挙げている。職業の間には「聖なるもの」との距離に応じて、貴賎があるとする中世カソリックの考え方に対して、人間は世俗生活における職業と家庭生活を正しく営むことを通じて救済されるとするこの考え方は、軍事的栄光に価値を認める「名誉の倫理」に対して、地味で、規律正しい「生産」活動により価値を認める倫理観を生み出し、交易と利益の追求を肯定する道徳的基盤を作ったのである。そして、自律的な市場経済の発展は、政府から独立した公共圏の成立を促し、自治的人民という近代社会の社会像を生み出したのである。 

 森嶋は、日本も1980年代後半に「下からの資本主義」への転換点に達したが、政府も国民も「下からの資本主義」を確立するために必要な民主主義的経済体制への転換をやり遂げる勇気に欠けており、それが今日に至るまで日本社会が混迷を続けている原因であると分析している。

これに関連して、浜矩子[ii]は、最近世界の経済に深刻な影響を与えているサブプライムローンと日本経済との繋がりを以下の通り解説している。今回の金融危機は、米国のサブプライムローンが証券化されて、国際金融市場の中に入り込んだ結果、サブプライムローンの焦げ付きが、世界的に負の連鎖を引き起こした現象である。ところが、その背景には日本の長引く超低金利によって、国内で金利を稼げなくなったジャパンマネーが外貨に交換されて、海外にあふれ出し、世界的な過剰流動性を生み出していたという事情があった。その結果、過剰な資金はハイリターンを追って、ハイリスクの証券化されたサブプライムローンを含む金融商品に向かったのである。ところが、サブプライム・ショックで、米ドルから退避しようとした資金が円に向かい、円が買われた結果、急激な円高が生じたのだ。

つまり、今回の金融危機の根本的原因は日本国内に魅力的な投資先が少ないことであり、その解決のためにはバブル崩壊の頃からずっと言われ続けてきた日本国内の規制緩和による投資機会の創出と個人の自由な創意を促進する社会制度の整備が不可欠なのである。

これは、まさに「下からの資本主義」の実現に他ならない。

しかし、西欧諸国より遅れて近代化に取り組んだ日本には、今日に至るまで前近代的要素が残存したまま経済的近代化だけが先行するという、近代化の二重構造をかかえている。

富永健一によると、近代化には、経済的近代化としての工業化、政治的近代化としての民主化、社会的近代化としての自由と平等の実現、文化的近代化としての合理主義の伝播がある[iii]。南亮進によると、日本では工業化の伝播が最も速く生じた。次に実現したのが政治制度の近代化である。1889年には大日本帝国憲法が公布され、1890年には帝国議会が解説され、1924年から1932年の間には二大政党制も実現していたのである。しかし、日本における社会的近代化と文化的近代化の発展は最も遅く、その結果、民主主義的精神の発達が遅れたため、大正デモクラシーは簡単に崩壊したのであると南は結論づけている[iv]

 この近代化の二重構造は、1930年代に確立され、戦後も基本的に持続した官主導の経済成長、すなわち「上からの資本主義」によって1980年代までは破たんすることなく、存続した。1990年代までの日本経済の特徴とされた日本的労使関係、日本的経営、メインバンク制、系列、行政指導などは、1930年代から40年代にかけた日本経済の重化学工業化と軍事経済化に伴って成立したものであり、この戦時の経済システム改革の方向性は戦後になっても基本的に維持された[v]。その背景としては、第一に終戦直後に病弊した経済を再建するためには経済統制が必要であったため、戦時中の統制の仕組みがそのまま利用されたこと、第二に戦後の高度経済成長が日本的システムと呼ばれる官主導による護送船団方式の存続を90年代初頭まで可能としたという点が挙げられる[vi]

一方、戦後の民主主義的な諸改革によって進展するかに思われた自由主義、民主主義の精神は、経済成長至上主義の下で、1960年代以降、急速に生活保守主義的信条に取って替わられていった。生活保守主義とは、経済成長至上主義と一国繁栄主義(一国平和主義)を中核とする生活信条であり、その範囲内での国際協調を志向するものであった。

こうして、「上からの資本主義」体制の下で、日本社会では、「お上」依存の精神構造が解体されることなく今日に至るまで存続し、「民」の間には与えられた枠組の中で自分の取り分だけを争うというエコノミックアニマル的な精神構造が一般化し、自立して自らの夢の実現を目指す人間の足を引っ張ろうという「妬みの精神構造」が蔓延したのである。

トーマス・フリードマンは、冷戦時代の日本を以下のように描写している。

「日本は、自由民主党という政党ただひとつに支配されていた。自民党に統治される一方で、ロシアや中国と同じようにノーメンクラトゥーラ(特権階級)、つまりエリート官僚によって牛耳られていた。このエリート官僚が、資源の配分先をしばしば決定していた。日本の報道機関は信じられないほど従順で、おおやけに政府に操作されているわけではないものの、もっぱら政府に誘導されていた。日本は、非常に従順な国民を持ち、従わない者には巨大な代価を課していた。従わない者は、強制収容所におくられることはないかわりに、その人たち自身の内なるシベリアへと送り込まれた」[vii]

ここには「お上」との距離で、それぞれの社会的地位を測る身分制社会的発想は存在しても、人間の基本的平等という意識に基づく対等な個人によって構成される市民社会ないし公共圏が発展する余地はなかったのである。

チャールズ・テイラーの『近代社会像』の中に、以下の一節がある。

These declarations of rights are in a sense the clearest expression of our modern idea of a moral order underlying the political, which the political has to respect.(Charles Taylor, "Modern Social Imaginaries, Duke University, 2004: p.173)

  この考え方、つまり「権利章典や憲法に具現化されている人権は、近代社会の道徳秩序のもっとも明白な表現である」という考え方は、現在の日本社会でもっとも受け入れられないものの一つであると私は感じている。人権という理念を矮小化、ないし局限化しようという意図は学界、政界、教育界を問わず、日本社会に広く見られるように思う。

もちろん、誰もが正面切って基本的人権は日本国の基本原則の一つであるという主張に反対はしない。しかし、一方で人権という考え方を日常生活に取り込むことに対しては、本能的とも思われる拒絶反応がある。

その背景には、人間の基本的平等を前提とする人権の人間観に対する無意識の拒否感情があると私は考えている。

  例えば、90年代後半から日本では排外的でナショナリスティックな心情が広がり、特に911以降、この動きは、不思議なことに米国の対外政策に全面的に追随するという形で、日本の社会を押し流す大潮流となった。

 日本が米国の対外政策に追従したのは、そのミリタリスティックな「強者」の姿勢に惹かれたからであろう。

 ミリタリスティックな「強者」に無条件に従う発想は、垂直的な発想を持つ世代のものである。そして、この垂直的な発想は、戦前日本の「家族国家」論、すなわち、日本国内ないし進出地域の非日系民族は太古に日本民族を構成した日本民族の血縁であり、万世一系の天皇を「家長」、日本民族を兄、被支配民族を弟と看做す擬制家族観と同一のものであって、本質的に階層社会、身分制社会のイデオロギーである。

 したがって、そのような垂直的な発想を持つ世代にとって、尊厳と権利における人間の基本的平等を原理とする人権の思想が受け入れられないのは当然である。

しかし、近代化の二重構造を依然かかえているように思われる日本にも、いくつかの確かな希望の灯は見られるように思う。

ヨハン・ガルトゥング[viii]は、現在の日本社会には日本を頂点としてその下にアジア諸国があるという垂直的な発想を持つ古い世代が存在する一方で、アジアと日本を同列に並べる見方が若い世代の中で生まれていることを指摘している。実際に、わたしが日常的に接している学生たちも、他者への配慮、一人ひとりの生き方・考え方への尊重など、自由で民主的な社会を維持する上で必要な価値観を自然に身に付けていて、観念的になりがちなわたしの方が学ばされることが多いように思う。

また、NHK文化放送協会が1973年以来続けてきた「日本人の意識」調査の結果によれば、この30年間に日本では性意識、結婚観について「家」からの解放、男女の平等という方向で近代意識が進展しており、日本に生まれてよかったと感じている人は1973年時点の91%より2003年には95%に微増しており、自分なりに日本のために役立ちたいを考えている人も安定的に7割近くを占めている[ix]。戦後日本は、健全な日本への帰属意識を維持しながら自由民主主義的な価値観を定着させてきたのである。

そして、情報通信技術の発達がもたらした経済のグローバル化と市民レベルでの国際的な連携の拡大は、官主導の国家運営を時代遅れのものとしつつある。今年7月に洞爺湖で開催されたG8サミットに向けて、国内外のNGOが国際的なネットワークを構築して活発な政策提言活動を展開し、日本政府もそのような動きを基本的に歓迎し、具体的な連携を行ったことは、2000年の沖縄サミットに比べて、大きな変化であった。その背景には、巨大な市民社会組織との連携に基づき多元的な外交活動を展開する欧米諸国に抗するためには、日本にも成熟した市民社会と市民社会組織が必要であるという危機意識があったことは間違いがない。

さらに、経済成長至上主義が国民の精神的な不満を慰撫することができた時代が終わり、日米同盟に依存することだけで自国の平和を維持することができる時代が過ぎた今、日本の人々は自分たち一人ひとりが本当に信じ、依拠することができる信条を探し始めていると私は感じている。

現在の日本の知識人に求められているのは、このような人々のニードに応えることができる民主主義、自由主義、民権主義のエートスを論理化、言語化することであると私は考えている。

このような人間の基本的平等を前提とする民主主義の理念を自らの知的伝統の中に位置付けようとする試みは、日本だけではなく東アジア全域で進められている。東アジア諸国に見られる仏教や儒教に基づく人権の基層哲学を生み出そうとする試みは、その一つであろう[x]

日本にとって最も近い隣国である韓国で大ヒットしたと言われる『商道』は、長らく垂直的思考、階層社会的思考が支配的であった北東アジアで現在起きている大きな変化を象徴するものである。

その意味で、『商道』は日本においても広く熟読される価値を持った良作である。


[i] 森嶋通夫『なぜ日本は行き詰まったか』(岩波書店、2004年)。

[ii] 浜矩子「サブプライム問題はなぜ日本と関係があるのか?」『経済セミナー』5月号(日本経済評論社、2008年)。

[iii] 富永健一『日本の近代化と社会変動―テュービンゲン講義』(講談社、1990年)。

[iv] 南亮進「経済発展と民主主義」『デモクラシーの再生と崩壊』(日本経済評論社、1998年)。

[v] 青木昌彦・奥野正寛「現代日本経済システムの歴史的生成」『経済システムの比較制度分析』(東京大学出版会、1998年)。

[vi] 堺屋太一『日本の盛衰』(PHP研究所、2003年)。

[vii] トーマス・フリードマン、東江一紀・服部清美訳『レクサスとオリーブの木』(草思社、2000年)。

[viii] 京都YWCAほーぽのぽの会『平和を創る発想術』(岩波ブックレット、2003年)

[ix] NHK放送文化研究所『現代日本人の意識構造』(NHKブックス、2005年)。

[x] Joanne R.Bauer & Daniel A. Bell eds., The East Asian Challenge for Human Rights, Cambridge University Press, 1999Michael Jacobsen & Ole Bruun eds., Human Rights and Asian Values, Curzon Press, 2000Stephen C. Angle, Human Rights and Chinese Thought, Cambridge University Press, 2002WM.Theodore de Bary & Tu Weiming eds., Confucianism and Human Rights, Columbia University Press, 1998.

 
 
 
 

 

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