自由貿易は民主主義を滅ぼすのか?

昨日(28日)、仙台への往復の新幹線の中で、エマニュエル・トッド『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』(藤原書店、2010年12月)を読んだ。
エマニュエル・トッドは、ソ連の崩壊を予言したフランスの高名な人口学者。
トッドの主張は、ヨーロッパは保護主義を採用することによって、中国などの新興国の安価な労働力とのグローバル競争を遮断し、ヨーロッパ域内の賃金を引き上げることを通じて域内の需要を高めるべきだということである。
しかし、トッドは経済学の基本的法則を理解していないと思う。
賃金が半分になっても、同時に物価が半分になれば、実質購買力は変わらない。
実際に、現在世界で起こっていることはこのグローバルな(賃金を含めた)財とサービスの価格低下なのだと思う。
もちろん、低賃金の労働力を求めて製造業が途上国に生産拠点を移す結果、先進国で雇用機会が失われているという側面があることは間違いない。
その結果、先進国では名目賃金(そして、たぶん実質賃金も)が下がっているために、先進国の消費者が未来を悲観して消費を手控え、一方で賃金が下がるのと同じようには土地の値段やその他の財やサービスの値段は下がらないので、購買力を維持するため、あるいは単純に最低限の生活水準を守るために貯蓄も取り崩すという事態が起きているのだ。

しかし、今日のグローバルな価格低下の根本的原因は、先進国と途上国の間の経済格差が過去数十年間にわたって拡大し続けてきたことである。
その間、トッドが指摘するように、途上国における識字率が高まり、先進国の労働者と競争し得る人々が途上国にたくさん生まれたので、その結果、途上国に巨大で安価な国際的に利用し得る余剰労働力市場が生まれた。
この安価な余剰労働力市場を作り出したのは、経済格差の拡大を放置した先進国である。
結局、長い目で見た時、先進国と途上国の賃金と物価水準が同等に近い水準に調整されれば、現在のグローバルな労働市場の不均衡は調整される。
そして、この調整は途上国側の低賃金の上昇と先進国側の賃金の低下の両方を通じて進むだろう。
その際の問題は、先進国側の名目賃金の低下ではなく、その実質購買力が維持されるかどうかということである。
先進国における生活水準の低下が起こらなければ、物価下落も賃金低下も実質的な問題ではない。
しかし、ケインズが言っていたように「長期的には、皆死んでいる」というのも本当だ。
現実的な対策は、企業がより低い賃金を求めて製造拠点を移すだけでなく、それらの地域での最低賃金を引き上げることで需要を拡大させる誘因を政策的に作り出すことではないか。
同時に先進国では、長期的なデフレに対応できる(財・サービス市場の価格メカニズムがより機敏に動くような)構造改革が必要ではないか。
グローバルに見れば、余剰労働力があり賃金水準が生存水準に張り付いている途上国の労働市場で製品を製造して、先進国ないしは購買余力のある中進国あるいは途上国の富裕層に販売するという戦略は、結局、製造拠点(雇用機会)を先進国から途上国へ移転させて、先進国の労働者の所得(需要)を減少させ、途上国にも追加需要を生み出さないので、中長期的には企業にとっての販路を狭める結果になる。
トッドは、「企業は、国内市場ではなく、国外市場に向けて生産するようになる。そうなると、『企業が支払う賃金は、国内需要を生み出すものだ』という意識が希薄になっていきます」と述べている(上掲書11頁)。

たぶん、現在求められているのは、一国経済の枠組を越えた、(国際的な所得再配分の制度設計を含む)グローバルなケインズ主義的政策なのではないか。

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